リュックとギップルの密談から数時間後、ビサイドの浜へ到着した一行を待ち受けていたのは、ティーダが生還した時そのままをリプレイして見せるような光景だった。ワッカをはじめとする村の皆が何やら意味ありげにニコニコと笑いながら出迎えてくれたのである。
ちょっとした「お出かけ」から帰ってきて受ける挨拶ではないだろう。
「ど、どうしたんスか、みんな揃って……」
「わたしも、何も聞いてないんだけど……」
ユウナを伴ってワッカの元へやってきたティーダは、ニコニコを通り越して「ニヤニヤ」している面々を見回しながら、それだけをようやく口にした。
「んー? まあなあ、一応お祝いだからよ」
ニヤニヤの大親分みたいな顔のワッカへ、苦虫を噛み潰したような表情を見せたティーダが業を煮やして詰め寄った。
「だから、お祝いって誰のッスか!」
「お前たちのだよ!」
間髪入れずに返されたその一言に、ピンとこないままの恋人達はただ首を傾げるばかり。
「もったいぶらずに教えてあげなさいよ。面倒くさいわね、相変わらず」
冷めた口調で間をとりなしたのは言うまでもなくワッカの細君であるところのルールーで、ティーダに可愛いことこの上ないと評されたイナミは母の腕の中で眠っていた。
「そうだそうだ、めんどくさい」
「ワッカさん、お祝いって……?」
昔も今も変わらない心強い援護射撃に少々傷付いたような風情を垣間見せたワッカだったが、気を取り直して! などと大きな声を出したかと思うと、丘向こうの小さな入り江へ行くように、と促したのだった。
すれ違い様に村の住民からかけられる声は「良かったな」だとか「おめでとう」だとか、ティーダとユウナにとっては、それはもう今の現状そのものへの賛辞と受け取ってもなんら不思議に感じるものでもなく、それでいて皆の空気が浮き足立っているようで素直に喜ぶにも喜べない。
入り江に行くことと、この歓迎の意味はどこに繋がるのか、といぶかしむ2人の目に映ったものは、小さな入り江に浮かぶ一艘の船だった。
「お前達の家だ」
背後からかけられたワッカの得意気な声に、まず反応したのはティーダではなくユウナであった。
「ワッカさん……っ! これ!」
「外見だけなんとかな。ユウナに聞いてたのと、アルベドの奴らに手伝ってもらった。ただ、中身はビサイド調だからな、2人で好きに変えたらいい」
外見だけなんとか。
船の、家。
「オレの、家だ」
入り江に浮かぶ船の家は、スピラに来るずっとずっと前に失ったあの家だ。
母親の思い出も、父親の姿も、今も胸の底にある。
「小さい頃にね、ジェクトさんに聞いたの。ザナルカンドのおうちは、どんなでしたか? って」
「なんてったってユウナの話をチラッと聞いただけだったからな。まあ、急ごしらえにしては上出来だろ? お前もいつまでも居候住まいって訳にもいかねぇし、な」
偉そうにするくせに、いざとなったら照れて笑うワッカに、ティーダはなんと答えていいのかわからずに視線だけを送る。
呆然と立ち尽くすティーダへ、ユウナが優しく声をかけると青年の髪を潮風が優しくさらって、その感触に現在へと立ち戻った彼は一言だけ「ありがとう」と呟いたのだった。
かくして、「ユウナが出かけている間に2人の新居を作ってしまおう」作戦は、大成功のうちに幕を閉じる。
首謀者は兄となり父となり、常にユウナに寄り添ってきたワッカその人で、とにかく一日でも早くユウナは人並みの幸せを手に入れるべきだという考えに、周囲が賛同した形になったという。
彼女が出かけたのを確認してからティーダを放逐し、機動力が高くユウナの幸せの追求には労力を惜しまぬリュックへ連絡を取った。
想定外だったのは、セルシウスの元気印も何やら急の仕事で手が離せなかったことだ。蓋を開けてみれば何のことはない、ユウナもリュックもパインも同じ場所へ行っていただけで、その代わりにマキナ派の協力も受けられた。
機械を忌み嫌っていた昔のワッカでは考えられない行動だ。
船はギップルのつてですぐに手に入ったし、修理や改装は島の面々が揃えばあっという間に出来上がる。
村からは少々離れるものの新婚が住まうには素晴らしい立地条件だ、と祝杯でほろ酔いの兄は泣き笑いの顔で幾度もティーダの背中を叩き、その様子に村の皆が笑う、そんな夕餉であった。
「………って、いうか、さ」
ぽつり、とティーダが呟く。
ニヤニヤの軍団が「新婚さん新婚さん」と連呼しながら潮が引くように帰ってしまい、入り江に浮かぶ新居に残された2人へ急に現実味を帯びた話が降りかかってきた。
あまりの展開に一緒になって戸惑っていたはずのユウナは今や、すっかり状況を飲み込んでしまったのか新婚さんの新居を探索中だ。
正直、新居は非常にありがたい。
しかもザナルカンドにいた時代を髣髴とさせるような家を用意してくれたのは、感謝に尽きる。
寺院に住まうユウナに会うために仮住まいの宿舎から通うのも、悪くはなかったけれど落ち着かないし、ティーダにしてみれば、いずれは新居を構えて出来ることなら彼女と一緒に住めちゃったりしたら嬉しいけどな、くらいの夢だったのだ。
ブリッツボールの選手として稼ぐにしても、今はまだオフシーズンだし、なんとなくオーラカに入れてもらえそうにしても、正式に申し入れたわけでもない。
スピラと、ビサイドでのナギ節にようやく慣れてきた今日この頃で、いきなり「新婚さんいらっしゃい」はないだろう。
産めよ増やせよの時代は終わったなんて、どの口が言うものか。
「……いらっしゃいって、何考えてるんだ、オレ」
「どうかしたの?」
「うえっ!? いや、なんでもないッス!」
いらっしゃいに至る過程でフトドキなことまで想像していた矢先に声をかけられて飛び上がる。
一通り探索を終えてご満悦のユウナは、恋人のそんな様子に笑った。
「ね、素敵だよ。キッチンもお風呂も。ビサイドではこういう風に部屋がいくつもあるの珍しいから、どちらかって言えばキーリカみたい」
ダイニングキッチンと浴室、それから寝室があって、もう一部屋は来客用に使えそうな小さな部屋。
2人で好きなものを揃えたら良いというワッカの言葉どおり、当面の生活で必要と思われる最低限の物しか配置されておらず、かといってすぐに取り揃えなければ成り立たぬほど足りなくもない。
このあたりの心配りは、ワッカでなくルールーのなせる業だろう。
終始ご機嫌なユウナへ、ティーダは簡潔に質問をした。
「ユウナは、さ。いいのか?」
「……いいって? 何が?」
ダイニングに置かれたテーブルを愛しそうに眺めるユウナは、恋人の真意を聞き出すべく問い返す。
「や、何って、その、ここで暮らすっていうことは、さ」
普段は明け透けに気持ちを伝えてくるくせに、ここにきて急に照れだしているその様子に、思わず笑みがこぼれたユウナは、ふわふわと泳いでいる彼の視線を捕まえるようにその身をつい、と近づけた。
「わっ! それ以上無理! タイム! 答え聞く前に困らせる自信がある!」
「自信って……」
近づいた距離の倍ほどを飛び退き慌てて宣言してみせたティーダは、調度に合わせて配置されていた二人がけの白いソファーへ足をとられて倒れこんだ。
「だわっ!?」
「だいじょうぶっ!?」
見事にひっくり返った恋人の下へユウナが駆け寄ると、砂漠の太陽に一段と色を増した小麦色のたくましい腕が華奢な身体を抱き寄せた。
引き寄せて、抱きしめて、甘い香りのする首元へ唇を押し当てて、有無を言わせぬ力でそこまでしておいて、ようやく落ち着きましたとでも言わんばかりに大きなため息が一つ。
「だから、言ったのに。つか、一緒に住んだらオレ、もう我慢しないし」
そこをふまえて、いいか? と聞いているのだと言う。
ユウナにしてみればこの3ヵ月あまり、困らなかった日の方が少ないくらいだ。ただし、一緒に住むことを選択した場合、我慢しないと宣言されているのだからそれ相応の覚悟はしようとは思う。
「いいっすよ? わたしも、我慢しないことに決めてるから」
なんの躊躇いもなくそう言って艶やかに微笑んだユウナは、一瞬動きが止まった恋人の唇へと自分のそれを重ねた。
旅を終えて、初めてのキス。
抱きしめる腕も、柔らかな髪の感触も、すぐに確かめたかったことばかりだったのにバタバタしているうちに後回しにされていたことの方が不満であった、と囁かれて、ティーダのなけなしの理性はどこかに飛んでいってしまった。
「いらっしゃいなんだからな。覚悟しておけよ?」
ティーダは薔薇色に染まったユウナの頬へ口付けると、不敵に笑ってそう宣戦布告をしたのだった。
fin
ずっと書きたかった設定です。(笑)
久しぶりだって言ってもこんな感じです。落ち着きます。
Wieder2009へこっそり投稿したもので、コレができたからサイト運営に乗り出したとも言えます、実は。(苦笑)
FF10〜10−2のプレイを経て、さまざま思いのたけを書き連ねてきましたが、こう、創作内での2人の新居の描写にしっくりこなくて、そこをずーーーーーっと考え続けて(笑)ある日すこん!とおちて来たのが「船の家」案でした。実は、189番地のムラタカオリちゃんとのコラボです。コラボです。(2回言う)
ぼけーっと過ごす私に「ういだの原稿書かないかい?オレ様が絵をつけてやるぜベイベ」とイキナリ誘ってくれました。(爆笑)ありがとう!カオリン!!てなことで、イラスト版バラ色の日々にGO!(別窓)