君の顔を見ることが出来ない方が、病気になりそうだよ。

 

 風邪

 

 「もう3日も顔見てないッスよー!!」

 飛空艇内、個人用居住区にあるユウナの部屋の前で ティーダは手にした盆をしっかりと抱えて抗議の声をあげる。

 「チイは、近づけたらダメって、ユウナんに言われてるのー!ほら!!それ寄こしなさーい!!」

 易々と食事の乗った盆をリュックに奪い取られて思わず舌打ちをする。
 5日前から体調の不良を訴えていたユウナが、とうとう熱を出して寝込んだのが3日前。
 医者の診断では『ただの風邪』だということで、ティーダはもちろんのことセルシウス乗組員全員が胸をなでおろした。

 ティーダにしてみれば、ユウナが熱を出して寝込むなどということは初めてのことで、それはもう甲斐甲斐しく看病をするつもりでいたのだ。

 そう、あくまで『過去形』。

 ティーダのささやかなもくろみも、この目の前で立ちはだかる『優秀なガード』に、ことごとく邪魔されているのである。

 

 「なあ、リュックさん?ちょっとだけでいいからさ、ユウナの顔見・・・・っ」

 

 拝み倒して強行突破を謀ろうと近寄ってきたティーダの前で、無常にもドアが閉まってしまった。
 うんともすんとも言わないドアの前で、ティーダは思い切りため息をつくと 未練たっぷりにこちらをチラチラ振り返りながら個人用居住区を後にした。

 

 

 「ユウナん、ごはんだよー」

 リュックは愉快そうに笑いながらベッドで寝ているユウナへ声をかける。

 「ありがとう」

 もそもそと起き上がるユウナを優しく助け、枕を立てかけてそこへもたれさせる。

 「ねえ、ちょこっとくらい入れてあげたら?もう熱だって下がってるんだしさ」

 ここ3日間の攻防を繰り広げてきたリュックが同情もあらわにユウナへ問う。

 「ダメ。もうすぐブリッツボールが開幕するんだよ?ここで風邪なんかうつしちゃったらどうするの?」

 目の前に置かれた食事を少しずつ口に運びながら、ユウナは決然と言い放つ。
 見た目とは違い、以外に頑固なところがあるこの愛すべき従兄妹は、言い出したら聞かないのは百も承知だ。
 病気で弱っている時こそ、愛しい人にそばにいて欲しいだろうに、彼女は彼の生きがいを優先しているらしい。

 実際、彼の『生きがい』はブリッツなんかではなく、目の前の彼女なのだろうけれど。

 そんなところが、ユウナのいいところか。と、心の中でティーダに激しく同情しながらも、おとなしく彼が看病するとも思えないリュックはこの、『風邪が治るまでティーダを近づけない』という非常に難解なミッションに挑戦しているところなのだ。

 手を変え品を変え、ユウナに会うために必死になっているティーダには申し訳ないが、いかんせん自分の中の天秤の重さは、ユウナのほうが断然上なのだから仕方がない。
 ユウナの乙女心を最優先に、この3日間の激闘を振り返ると、早く回復して欲しいと心から願う。

 とはいえ、看病以外の『余計な茶々』が入らないこの3日間は、ユウナの体調をだいぶ回復させたと見え、顔色も良くなり熱も下がった。
 今日一日乗り切れさえすれば、リュックのミッションも終了といったところだろう。

 「でもさ、アイツのほうが倒れるかもね」

 悪戯っぽく笑ってユウナを覗き込む。

 「ええっ?!」

 「た〜った3日間会えないだけでさ、ショボ〜ンってしちゃって。どっちが病気かわからないっての」

 愉快そうにティーダの様子を語るリュックの頭上から、突然それは降ってきた。

 

 「わ・る・か・ッ・た・・・・・・・・っな!!」

 

 居るはずのないティーダの声が部屋中に響いたかと思った次の瞬間、天井の通風口が大きな音を立てて床に落ちてきたのだ。

 

 「・・・・・・・っな?!」

 「きゃあ!!」

 

 驚く2人の目の前へ華麗に舞い降りたブリッツのスターは、不機嫌な顔を隠そうともせずに身体についた埃を払っている。

 

 「なにしてんのっ!!アンタは〜〜〜〜!!」

 

 絶叫するリュックにニヤリと笑うと、スタスタとユウナのベッドへ近寄りその横へどかりと座る。
 ちらり、と視線だけをこちらに向けて、3日間邪魔をしてくれたガード様へ『あっちへ行け』と言わんばかりに右手を『シッシ』と振ってみせている。
 ユウナはといえば、あまりに突然の出来事だったので状況が判断できずに固まったままだ。

 その光景がどうしようもなく可笑しくて、リュックは盛大に吹き出すと大笑いしながら出て行ってしまった。

 

 「あっ!リュック!!ま・・・っ!」

 

 ユウナが慌てて引きとめようとのばしたその腕を、ティーダは素早く捕まえると、彼女の思いやりなどおかまいなしと言わんばかりに深く口づけをする。

 「・・・っふ!ん・・・んんー!!」

 何度も繰り返される口づけに最初こそ抵抗していたユウナだが、やがて諦めたようにくたくたと力を抜いて やや暴走気味の恋人へ身体を預けてきた。

 「もう!うつったらどうするの?!」

 たった3日間とはいえ、久しぶりに感じる温もりに眩暈を感じながらも抗議をすることは忘れない。

 「一流のブリッツの選手は、そんなにヤワには出来てないんですー。今度こんなことしたら、これ以上のことするからな?」

 ティーダは悪戯っぽく微笑んで、愛しい愛しい恋人の顔を覗き込み、そう宣言する。
 『これ以上のこと』を思わず想像してしまい頬を赤く染めたユウナは、しどろもどろに言い訳がましいことを呟いていたが、やがてそれも聞き入れてもらえないと知ると、ため息混じりにこう言った。

 

 「・・・だって・・・傍に居たら・・・ス・・・たく・・・な・・・」

 「え?なに?」

 

 よく聞き取れなかった告白を、もう一度確かめるべくティーダは身を乗り出す。
 言うんじゃなかったと後悔をしているのがありありと顔に出ているユウナだったが、言わなければ言うまで追求されることも承知している為、諦めたようにもう一度小さな声で呟く。

 

 「キス・・・・・して欲しくなっちゃうから・・・・・・・」

 

 先ほどよりもさらに小さな声だったけれど、しっかりと確認できた可愛らしい理由。

 ユウナはそれだけ言うと、羞恥で潤んだ瞳を隠すようにシーツをかぶって寝てしまった。

 

 残されたのは、ぽかんと口を開けたままの『一流のブリッツボールプレーヤー』。

 

 ベッドの上の白い塊に目を向けると、こみあげてくる感情に抗えず、思い切り吹き出してしまった。

 このままではユウナのご機嫌がどんどん悪くなっていくのはわかりきっているのに、笑いをとめることが出来ない。

 

 「オレもっ・・くくく、近くに居ても、居なくても、ユウナにキスっ・・・はははっ・・・した・・・」

 

 息も絶え絶えに必死の思い出紡がれた言葉が、この後すぐに白い砦を攻略したのは言うまでもない。

fin

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