君と出逢った日に
「ねえ、わたしと初めて会った日のこと、憶えてる?」
セルシウスの中に宛がわれた小さな部屋で、決して静かとは言えない機械音に耳を傾けながら窓の外を見ていたユウナが不意にそんな質問をした。
問われた相手はベッドの上に腰掛けて、愛しい少女の背中ばかり見ていたものだから答えを出すまで少しだけの時間を要したものの、彼女の色違いの瞳がこちらへ向けられる頃には自信満々といった風情で力強く応えて見せた。「憶えてるッスよ?忘れたくても忘れられないかなぁ。なんてったってキョーレツだったから」
ふんぞり返るような姿勢をとる少年はまだ少しだけあどけなさが残る。
優しい光を湛えたブルーの瞳はどこまでも楽しそうだ。「・・・「キョーレツ」って・・・なんだかヒドイっす」
その予想外の答えに不服なユウナが、少しだけ頬を膨らます。
記憶の中の彼女は、こんな風に気持ちを顔に出すことは得意ではなかったはずなのに、と思うと、確実に2年間の空白がお互いの間にあるのが見て取れて複雑ではある。「ほ、他に言いようがあると思う・・・っ」
とにかく「キョーレツ」を訂正して欲しいのだな、と思うとそれが可愛いやら可笑しいやらで、さらに拗ねられるのを承知でティーダは盛大に噴き出した。
「もう!なんで笑うかなぁ!」
「だっ・・・!だって!ユウナッ、か、かわいい・・・っ!くくくくくく!」
ベッドに突っ伏し、こみ上げてくる笑いを押さえようともしない少年は、さらにご不満顔の姫君のご機嫌を回復する気はないらしい。
「もう!ティーダ!」
これ以上は無理、というところまで膨らまされた夕なの赤い頬へなおも笑いかけながら、ティーダは切れ切れに言葉を紡ぎはじめた。
「だっ・・・だってさ、オレ、スピラなんてまっ・・・・・・・・・ったく!これっぽっちも知らなくてさ?頭ン中ぐちゃぐちゃだった時だぜ?」
笑顔そのままにおいでおいでと手招きされたユウナは、不機嫌そうな顔はそのままに、ティーダの寝転がっているベッドへ歩み寄る。
「しかもさ、知ってることって言えばブリッツボールぐらいだろ?ブリッツボールがあったこと自体にちょこっとだけ安心したっていうのにさ、「ショーカンシッテナンデスカ?!」って世界ッスよ?」
「・・・う、そ、それは、そうだけど・・・でも、「キョーレツ」って・・・なんだかわたし、怪獣みたいなんだもん」
それでも最後のささやかな抵抗とばかりに1メートル手前から近寄る気配のないユウナの、その愛らしい講義の言葉にティーダは思わず苦笑した。
「怪獣」?
もしかしたらそうかもしれない。
思ったままを言葉にしてしまえば、ユウナのご機嫌がなおるまでゆうに半日はかかってしまうだろうから、それは秘密。
けれど、本当にキョーレツだったのだ。
ビサイドの寺院で、あの瞬間だけは確実に、ザナルカンドのこともこれからの身の振り方も何もかもを忘れ、今、目の前で膨れているユウナに見惚れてしまったのだから・・・。
心の中でざわめく怒りや、悲しみや、不安・・・そんな収拾のつかないありとあらゆる感情を、祈り子の間から舞い降りた彼女が一瞬で飲み込んでしまったのだ。それは、例えるなら心臓が止まるような。
息をすることさえも忘れてしまうほど鮮烈な。
言葉を紡ごうと開かれた唇からは、僅かな音さえも出てはくれずに。
そして思う。
きっと、あの瞬間から、彼女に囚われてしまったのだろうと。
「ユウナ?」
優しく微笑みかけて、彼女の白く細い腕を手に取り引き寄せた。
誘われるままベッド脇までやってきたユウナへ、先刻よりもさらに甘ったるい声でもう一度「ユウナ」と呼んだ。忘れるはずがない。
忘れられるはずもない。
この世に2つとない、その色違いの魅惑的な瞳も、耳に滑り込んでくるだけで全身を喜びでいっぱいにしてくれる愛らしい声も。
抱きしめて初めて判る、華奢な身体も。
そして、そんな彼女に自分のすべてががんじがらめになっていても、「それでいいのだ」などと思う。
「やっぱりユウナは怪獣ッスよ」
思わずそう言いかけて寸でのところで思いとどまった。
何かの言葉を飲み込んだらしい恋人の様子を見て、拗ねることも忘れて不思議そうな顔で佇むユウナの手を握りなおし、思い切り引き寄せて抱きしめた。「きゃあ!」
「ユウナ、ユウナ、ユウナ〜〜〜!!」
「な、なあに?!」
痛いくらいに抱きしめて、腕の中で少しも動けないようにして、少しでも、そう、ほんの少しで良いから自分が「そういう状態」なのだとわかってくれたらなんて、身勝手にもほどがある。
「ティ、ティーダ?!」
「うん、愛してる」
彼女の問いかけへの答えにはなっていない事くらい、承知の上でそう言った。
セルシウスの機械音は、遠いあの日をも思い出させる。
それは決して悲しいだけではない、辛いだけでもない、ただ、この愛しい存在をスピラへ、未来へ託したかった。「あのさ、キス、してもいいッスか?」
「・・・聞かれると、恥ずかしいよ」
唐突な申し出に、腕の中のユウナが恥ずかしそうに身をよじる。
「いい?」などと聞いておいて、例えば「ダメだ」と返されても、「なんで?」などと不遜に言い返して口付けてしまうくせに。
「・・・あの、ね?」
「うん?」
「わ、わたしも、愛してる・・・よ?」
胸に押し付けられたユウナの頬がいつもより熱く、それが今の彼女の精一杯だとわかるだけに、愛しさは更に増す。
「じゃあ、目、閉じて」
囁いて、ユウナを待った。
そして程無く現れた桃色の唇に優しく口付けると、ティーダはこの上もなく幸せそうに微笑み、あの、夢のような出会いと奇跡の再会に心から感謝したのだった。
fin
2007.7.10up