いつも、少しだけ先を歩く彼の手を見てた。

勇気を出してその手を繋ぎ止めれば良かったのに。

ビサイドの海に、空に、思うのはそんなことばかりだ。

だけど、もしも強く強く握っていたとしてもきっと結果は変わらずにいたのだろう。それくらいはわかる。
だから、あの時もあの瞬間も、駆け寄って不安に震える手を差し出すことが出来なかったんだ。

 

手をつないで

 

「ユウナ?どうかしたッスか?オレの手、何か付いてる?」

愛する人の大きな温かい手に包まれた自分の小さな手を見つめ、嬉しそうに微笑んでいたユウナの視界に、不思議そうな色を湛えた青の瞳が現れた。

「え?!や、あは、なんでもないっす!!・・・ただね、キミとこうしていられるのって幸せだなーって思って」

慌てる必要もないというのに、やけに気恥ずかしくて早口で答えている自分にユウナは内心苦笑しながらも隣に座る愛しい青年へ笑顔を向けた。

「手つないで座ってるだけッスよ?つか、ごめんな?遊びに連れて行ってあげたいんだけどさ」

申し訳なさそうにそう呟く恋人は、あともう3時間ほどで試合に赴かねばならない身の上だ。

シーズン真っ只中。
『遊びに連れて行く』などという時間の余裕などあるはずもない多忙な恋人は、それでもスケジュールの中の小さな穴を見つけてはユウナを連れ出し遊びに出かける。
それは、自分についてきてくれているユウナに寂しい思いをさせないようにという、彼なりの優しい心遣いに他ならなかったけれど、彼女にしてみれば彼と共にルカの街を歩く事も、こうして部屋で静かに過ごす事も同じ意味を持っており、不満などは微塵も感じてはいなかった。
何より、意識することなく自然につながれる手がユウナには嬉しくて嬉しくて、それだけでもう胸がいっぱいになってしまう。

自然と絡められた指に、「あの時」が重なる。

『あの時』は、なんとなくそうすることを躊躇った。

予感めいたものが確信に変わるにつれて、やがてくる『別れの時』を受け入れられなくなるような気がしたのだ。

それでも、そんなことには目を背けて、手をつなぎ、共に歩んでしまったら、もうそのまま彼の手を取って逃げ出したくなったはずだ。

だから、ただ単純に「嬉しい」。

誰に憚ることもなく、この背に背負うものもなく、ひたすらに、ひたむきに、『彼』だけを見つめて生きていける『今』この時が。

ただ、それだけの事。

ユウナは笑顔のまま繋がれた手を取り、愛すべき大きな手にそっと唇を寄せる。

「ユウナ?」

そんな彼女の行動を不思議そうに眺めている青の瞳へユウナは悪戯っぽく微笑みながら思わず呟いた。

「幸せだなって気持ちが大きくなると、キスしたくなるんだね。」

「へ?」

思いがけない突然の告白に唖然とした表情のまま固まってしまった恋人の指先に口づけながら、ユウナは『うふふ』と笑ってみせる。

 

好き。

大好き。

どうしようもなく大好き。

 

「ユウナ、ユウナ?あのさ、オレ、この後試合ね?」

泣きそうな声に視線を上げると、そこには『もの凄く困ってます』という顔を隠すことなく大きなため息をついている恋人の顔。

「うん、そうだね・・・?」

青年は小さく首を傾げたユウナを呆れたように見つめながら更に大きなため息を一つ。

「だからね?あんまり疲れるようなコトしたらダメなわけッスよ、わかる?」

「うん、そうっ・・・きゃあ?!」

返事を待たずしていきなりソファーに押し倒されたユウナは、そこでようやく彼が言わんとしている事を理解した。

「ご、ごめん!ごめんね?!あの、えっと・・・!」

「ダメ。絶対ユウナ誘ってるもん。アレが誘ってないって言うならオレ、ルカの街裸で走ってもいいッ!」

「はっ裸は駄目!!見せちゃや・・・ん!」

息が止まるんじゃないかと錯覚するくらいに長い長い熱いキス。

「今はコレで我慢するけどっ!帰ってきたら覚悟しとけよ?」

泣きそうな、怒ったような、それでも楽しげな輝きをいっぱいに湛えた青い瞳を見上げたユウナは、小さく『ハイ』と答えるしかなかったのだった。

fin

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