勢い、だったんだよね・・・。
きみがいちばん。
凄まじいまでの『やきもち焼き』。
それは『彼』が戻ってきてくれてから自分の中で生まれた新しい顔。
実際『それ』を素直に認められるようになったのはつい最近のことで、出来るなら、出来ることなら認めたくはなかったな、と心の隅っこで思っているなんてことは、実は内緒の話。
愛して愛されてる自信はある。
彼には自分以外の女の人は考えられないし
自分にも彼以外の男の人など考えられない
だからこそ、もっと、こう、余裕を持って『ああいう場面』に臨みたいのだ。
臨みたい、という、理想は、ある・・・と、思うのだ。
『ああいう場面』。
もう、ウンザリするくらい目にしてきた当たり前の光景。
ブリッツシーズン開幕前の恒例のパーティーで愛しい青年は想像以上に人気者で、また、公の場に自分が出る時には『大召喚士』の肩書きも手伝ってなかなか一緒に行動を共に出来ない。
彼と自分が恋人同士の関係であることは周知の事実だというのに、まるでわざと意地悪でもされているのではないかと思うくらいに離れ離れにさせられる。それでもお互いの位置は必ず確認して行動するし、まったく一緒にいられないというわけでもない。
でも。
いい加減にしろ、と思う。
ティーダは自分のものなのだ。
先刻から視界の隅っこにチラチラ入るウンザリな人影に、己の口元が自然に不満気なものへと変わり、思考回路は不穏な分子で埋め尽くされて。
さらさらのロングヘアー。
目はイヤミなほどパッチリと愛らしく、真っ赤な口紅だけがやけに艶っぽくて明らかに男好きのする雰囲気。
スタイルだって申し分なくて、自分と比べてみたらきっとヘコんでしまうこと請け合いの大きな胸を強調するようなドレスを着て、ずっと、ず〜〜〜っとティーダの隣で笑っている。
今は、お願いだから、誰も声をかけないで。
声をかけられれば笑顔で応対もするけれど、きっと瞳は笑えていないから。
自分でもそれがわかるだけに非常にいたたまれない。
そしてティーダが彼女を振り払わないのは、きっと大会関係者のご令嬢様か何かなのだろう。
「綺麗な人」
嫌味でなく、心から。
やきもちを別位置に置いて女の目で見てもセクシー。
対する自分は?
白いドレスを身に纏って、ピンクの口紅を控えめに塗って。
あえて言うならセクシーというよりも『可愛い』という単語の方がしっくりするに決まってる。事実、今日の自分の姿を目にしたティーダの第一声は『可愛い』だったのだから―――。
「もう、いいもん」
綺麗な女の人に囲まれて、その中でも一番セクシーな女の人に腕をとられてまんざらでもなさそうなティーダに少しだけムッときた。
ユウナは営業スマイルで必死に応戦している恋人へ向けて小さく舌を出して見せると、お祭りムードでいっぱいの会場を後にしたのだった。
―――それがついぞ1時間30分前のこと。
当面の滞在先となるホテルの一室でぺたり、と床に座り込んでいるユウナの周囲にはたくさんの買い物袋の山があった。
それらはこれから先の生活に必要な物だったり、普段は自ら進んで買わないワインの瓶だったりとバラエティーに富んだ内容だ。
けれど、ユウナにとってはその戦利品のどれもこれもが『ついで』の品物に他ならず、『本命』の品を勢いのみで手に入れてしまったことへの言い訳だったりもする。
「・・・い、勢いで、買っちゃったけど・・・どうしよう」
相談する相手もいない部屋で途方にくれたように呟いたユウナの手には黒くて小さな布が握り締められており、膝の上にはとも布で作られたと思しきブラジャーが一枚。
光沢のある素材のそれには白いレースが『これでもか!』と言わんばかりに配置され、無駄に高級感を漂わせている。
実際、高かったのだ。
普段使いには決して考えられないような値段だったのだ。
さらに付け加えれば、ユウナの手に握り締められている小さな布は、当然ブラジャーと対になる形で売られていたパンティーで、理性さえキッチリと働いていてくれていたのなら絶対に絶対に購入したりなどしないデザインで・・・。
やきもち焼き。
素直に認める。
今なら、他人から太鼓判を押してもらっても構わないとさえ思う。
くだらないやきもちで、本当に勢いに任せて街に飛び出して、『セクシー=下着から』などという訳のわからない方程式に則ってビックリするような無駄遣いをして。
そして、部屋に戻り現物を目の当たりにして冷静になり、そこでようやく『どうしよう』と焦っても仕方がない話ではないか。
何も言わずに出てきたから今頃恋人はきっと自分を探しているはずで、そうなると、まずユウナが部屋に戻っているかを確かめることだろう。
「や、やだ、えと、コレ!コレをどうにかし・・・」
ゆっくりとしか働いてくれない愚鈍な思考回路が、手にしている下着を緊急に隠せと指令を下したその瞬間、無常にも派手な音を立ててドアが開け放たれた。
「・・きゃあ!」
「ユウナ〜〜〜!!」
隠すことも出来ない問題の『それ』をユウナが反射的に胸に抱え込んだのと、ティーダが絶叫にも近い雄叫びと共にズカズカと部屋へ突入してきたはほぼ同時。
「勝手にいなくなるから心配しただろおおおお!!」
「ごっ、ごめんなさい!ごめんなさい!後で謝るから今は出てって!!」
怒ってる。
心配してる。
自分だって責めたいけど、今は、どうしても腕の中の『おばかさんな自分』を隠すことに精一杯。
「出てって・・・ユウナ、もしかして怒ってる?」
両腕をガッチリ抱え込んだままうつ伏せてしまった恋人の様子にティーダが慌てて駆け寄り、すぐ脇にしゃがみこんで気遣わしげに覗きこんだ。
覗き込まれて
声をかけられて
本当なら、すぐにでも抱きつきたいのに
「お、怒ってないっす!でも、いいいい今は、お願いだから、あの・・・そう!おなか痛くて!」
だから一人にして欲しいと言いたかったのに。
「大変じゃないッスか!こんなところで座ってないで早くベッドに寝ないと!」
寝るにはまず『おばかさんな自分』をどうにかしてから、と切実に思うのに。
「やっ!だめだめ!!やああああああん!!」
ユウナの必死の抵抗もむなしく、がばっと覆いかぶさったティーダの逞しい腕に抱えあげられて、悲痛な声と共に腕の中から零れ落ちたのは秘密にしておきたかったやきもちの代償そのもので。
「・・・・・・・・なんスか、これ・・・・・・・・・」
ポロリと床に落ちたやけに高そうな黒いブラジャーと
愛しい少女の右手にしっかりと握り締められている小さな黒い布と
改めて周囲を見渡せば買い物袋の山に
「ユ〜ウナ?」
逃げられないようにガッチリと抱きかかえなおされて、間近で輝く青い瞳に射抜かれて、素直に告白するしか道は残されていないと悟ったかわいそうな少女は、消え入りそうな声で『ごめんなさい』と呟いたのだった―――。
「・・・・ぶ、くくくくく・・・・あは、あははははっごめっ・・・・うくくくくくっ」
もともと笑い上戸であるところの恋人が事の顛末を聞いて笑わないというわけもなく、笑い続けていることが更に彼女のご不興を買うのだとわかっていながらもそれを止められないティーダがベッドの上を転げ回ること、かれこれもう20分。
ユウナの凄まじくバツが悪そうな顔を見ては笑い
やきもちを焼いた勢いで購入した『セクシーな下着』を見ては笑い
文句を言われれば笑い、と忙しいことこの上ない。
『仕舞うのだ』と言って聞かないユウナを制し、問題の下着様はベッドの上に並べられており、余計に彼女の頬を赤くさせた。
「もう!キミ笑いすぎ!!」
とうとう堪えきれなくなったユウナから抗議の言葉が飛んでくるが、ティーダにしてみればその顔すらも可愛くて思わず笑みが零れてしまうのだ。
ティーダは笑いながらユウナの身体を引き寄せると、最後の最後まで一生懸命握り締められていたパンティーを横目に見ながら耳元へ唇を寄せて少しだけ掠れた声で囁いた。
「ね、アレはいてエッチしよっか」
『なんだったらオレが紐結んであげるし』と付け加えて。
「・・・っ!」
多分、お願いしたって絶対に買ってくれるはずもないその下着。
ぶっちゃけ『こんなもの』をわざわざ身に着けなくとも、ユウナは傍で立ってるだけでもセクシー極まりなくて、いつもいつでも自制しなくてはならない自分がいるだなんて、きっと彼女にはわからない。
実は
ちょっとだけ
ちょっとだけ
あからさまに妬いてもらいたくて、わざと女の子としゃべってたなんて言ったら、君はどうする?
「怒るから、言わないけどね」
悪戯っぽい光を青い瞳に宿してそう囁いたティーダの真意をユウナが思い知ることになるのは・・・5分後のこと。
fin
元ネタはナンシーの『小悪魔ブラ』(ナンシー日記から)なんですけれども!
ちなみにユウナんの買ってきたパンツはひもパンツです。(爆笑)
ウキウキで結びます。
ええ、太陽様が。