口は、災いの元。

 

 宣誓のキス

 

 ぎこちない動作で右足を一歩踏み出してみる。

 後悔先に立たず?

 口は災いの元?

 何につけても、今この状況を甘んじて受けているのは自分に他ならず

 『いい言葉に買い言葉』だと悟った時にはすでに遅く

 『あの2人』にまんまと担がれたのだと、天を仰いでため息一つ

 

 スタジアムは今日も満員御礼で、自分をぐるりと取り囲むのは熱狂的なファンの笑顔、笑顔。
 少しだけ愛想笑いもしてみるけれど、これから己に降りかかる『困難』を思うととたんに気が重くなってしまう。

 自分の向かって右側には、今期リーグ戦の覇者ビサイド・オーラカの面々が並び

 左側には2位以下のチームが拍手をもってして賛辞を捧げて

 

 

 そして、自分から見て真正面―――まさに今から『そこ』へ向かって歩いていかねばならぬ先には・・・

 

 

 『今期リーグ戦MVP!ティーダ!!』

 

 高らかなアナウンスに胸が締め付けられる思い。

 陽光に輝く眩しい笑顔に思わず目を細めてしまったけれど

 場内を席巻する凄まじいまでの拍手に誇らしくさえ思ってしまったけれど

 

 

 『それでは!MVPに輝いたスターに、祝福の女神よりキスが贈られます!』

 

 

 観念し、歩み寄った先の恋人は、それはもう意地の悪そうな笑顔で嬉しそうに立っていたのだった。

 

 

 

 

 「だってさあ、オレが他の女の子に『ああいうこと』されても良かったんスか?」

 ユウナにとっては非常に困難を極め、ティーダにとっては『してやったり』な結果のイベントは滞りなく終了し、控え室で独り赤くなったままの頬を少しだけ膨らませて座っている恋人へ向けた彼の開口一番がこうだった。

 「よ・・・良くは、ないっす・・・」

 ティーダは『ふうん?』などとうそぶくと、ベンチに座っているユウナの目の前にしゃがみこみ、更に頬を赤く染めて俯く愛しい少女を覗き込む。

 「よ・・・良くはないけど、あんなにたくさんの人の前で、キ、キスするのは、恥ずかしいもん・・・っ」

 可愛い恋人の可愛い抗議。

 恥ずかしさに逸らされる視線をわざと執拗に追いかけて。

 

 『頬にね、こうかる〜くするだけでいいんだから』

 渋る彼女を説得した一言を思い出して、あれは少しばかりやりすぎたかとも反省もしてみるけれど。

 

 「キ・・・キミが、あんなこと言うから・・・っ」

 控え室の天井の隅を涙目で睨みながら続けられるささやかな抗議に、ティーダはやはり嬉しげに微笑む。

 『あんなこと』

 そう、たった一言だったのだ。

 引き受けてしまった以上はもうどうしようもないのだと腹を括った感のあるユウナがその唇を寄せてきたあの瞬間、色違いの宝石を捕らえ誰にも聞こえないようにたった一言。

 

 

 

 『オレがユウナのものだって、ここで証明して?』、と―――。

 

 

 

 なんだって良かった。
 困らせるつもりはさらさらなかったのだけれど、それでも『形式的なキス』で終わらせるのではなく、あの大観衆の目の前で抱きしめてくれるだけでも十分だったのだ。

 そんなちょっとした出来心から零れ出たティーダの一言に一瞬で全身をピンク色に染めたユウナは、少しの逡巡の後、意を決したように恋人の唇を自分のそれで覆ったのだった。

 スタジアムを揺らす絶叫なのか感嘆なのか判別できない人々の声をどこか遠くで聞きながら、それでも飛び込んできた温もりをしっかりと抱きしめる。
 いつ唇を離せばいいのかと、ユウナがそのタイミングを計りかね困っているのをいいことに、ブリッツ界に突如現れた大スター様は、それはそれは長い長い『祝福のキス』をいただいたのだ。

 そして、いまだキチンと視線を合わせてくれない愛しい女(ひと)の隣へ座り、その細い身体を己の膝の上に移動させ背後から抱きしめる。
 ユウナの身体から漂う甘い香りとその温もりに、思わずどうにかしてしまいそうになるけれど、まずは大切な姫のご機嫌を直すことが優先だと理性がそう喚くから。

 「ユ〜ウナ?」

 「・・・なあに?」

 怒っているとデモンストレーションしているにも拘らず、ちゃんと返事をするところがやっぱり彼女らしく可愛くて。

 「嬉しかったッスよ?」

 「・・・恥ずかしかったっす」

 多分、あの一瞬で凄まじく考えたであろうことが窺えて。

 「だってさ、手っ取り早いと思って」

 「・・・?」

 突然切り出された結論にようやくこちらを見つめてくれた恋人へ甘ったるい笑顔を贈る。

 

 

 

 

 「あれだけ派手に宣誓しておけばさ、もうユウナに言い寄ってくる男なんていなくなるだろ?」

 

 

 

 

 「・・・い、言い寄ってって・・・!」

 「オレ、リュックから聞いたんスよね。オレがいない間凄かったんだって」

 

 身勝手だと言われても

 後悔はしていないと思っていても

 

 「あれだけなっがいキスしたらさ、『ただのカモメ団員』じゃないってわかるよな?」

 「・・・もう!キミって人はっ」

 

 誰にも渡さないし

 誰にも触らせない

 もしもそんな『誰か』が現れたとしても、それを捻って捻り潰せるくらいの男になる自信だってあったりするのだ

 

 

 「悪い虫はさ、寄ってこないに越したことないッス」

 目の前で輝く笑顔につられてどうしても微笑んでしまう自分に、ユウナは内心苦笑して

 「・・・寄ってきても関係ないよ?」

 この温もりしかいらないのにと、言外に添えてその逞しい身体を抱きしめて

 「じゃ、キスして?」

 「もう、なにが『じゃあ』なのかわからないっす」

 

 

 誰もいない控え室で少しだけ儀式めいたキスをする。

 それは奇跡の果てにめぐり逢えた恋人達だけの秘密の時間。

fin

時間軸としてはティーダ帰還後すぐのリーグ戦でしょうか?
裏設定ではギップルとティーダ2人でユウナ様を担ぎ上げて、という話が。(爆笑)

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