『いつものこと』だと、素直な自分は諦めて笑う。

 『それでも嫌なものは嫌』だと、正直な自分が憤慨してる。

 ―――そんな『2人の自分のせめぎ合い』に困り果て、あまり強くはないけれど決して嫌いではない琥珀色の液体を少々体内に摂り過ぎたと気がついたのは・・・こっそりと抜け出した先の、スタジアムでのことだった。

 

 愛のコトノハ

 

 「・・・あの、ね?い・・・いいのかな、ホントに」

 背後から躊躇いがちにかけられる愛しい少女の小さな声に、ティーダは振り向きもせずに『大丈夫だって』と繰り返す。
左手はユウナの華奢な手をしっかりと握り締めたまま、悠然と歩き続けて。

 「だってユウナが誘ったんじゃん?『誰も来ないところに行きたい』って」

 今にも『戻ろう』と言い出しそうなその気配を察知してキッチリと牽制すると、肩越しに青の瞳を覗かせて悪戯っぽく笑ってみせた。

 

 そう・・・誘ったのは、ユウナ本人なのだ。

 

 シーズンすべての試合が終了すると、スポンサーサイドが大集合して行われる事実上『ご苦労様パーティー』が今期も盛大に執り行われている。
 ご多分に漏れずビサイド・オーラカ一同も出席しており、オーラカのみならず『ブリッツ界』の人気者であるティーダはファンサービスに大忙しだ。

 めまぐるしく変わるお客様に笑顔を向けつつも、気を遣って自分の傍にいない恋人のことを思ってしまう。

 芯が一本キッチリあって、他人を思いやることをごく自然のことだと体得しているユウナは、可愛らしくも『行ってらっしゃい』などと微笑んでくれるけれど、この状況が決して気分のいいものでないことくらい、ティーダにだって痛いくらいにわかってはいるのだ。

 『宴も酣(たけなわ)』とはこの事か――どこかで聞いたことのあるそんな表現を、ティーダは盛り上がりを見せる広い会場内を見回しなんとなく納得し苦笑する。

 接待が一段落したのだから、目指すは愛しいユウナのみ。

 様々な人達に今期の活躍を労ってもらいはしたが、やはり一番褒めて欲しいのは他の誰でもなく彼女ただ一人なのだから。

 

 

 

 そんなティーダのささやかな望みを聞き入れたかのようなタイミングで目の前に現れたユウナが呟いた一言が、『誰も来ないところへ行きたい』というものだった―――。

 

 

 

 

 「ここだったら誰も来ないって」

 あまりわがままを言ってくれないユウナの一言に気を良くしたティーダが選んだ場所は、今期のお役目を終えたスタジアムだった。

 明日から来季に向けてメンテナンスされるはずのその場所は関係者以外立ち入りを禁止され、月明かりだけがほの白く広い会場を照らし出していた。

 「・・・キミが怒られたり、しない?」

 心配なのはその一点だと言わんばかりのユウナの声に、ティーダは再度『大丈夫』と頷いて見せた。

 街の明かりと喧騒が嘘のように静まり返ったスタジアムを、ゆったりとした歩調で散歩する。

 繋いだ手は温かく、幾度『大丈夫だ』と言い聞かせてもまだ心配しているらしい気配にティーダはつい笑顔になってしまうのだ。

 「ユウナ、心配性ッスね」

 「だ・・・だって、夜のスタジアムに入るなんて初めてなんだもん」

 誰もいないのに、誰が聞いていても差し障りない会話なのに、小声で話す様が愛らしいことこの上ない。

 『二人きりになりたい』

 『誰にも邪魔されたくない』

 そんな殺し文句を自分に投げつけておきながら、いざ行動に移したら心配ばかりしているところが『ユウナらしい』と言ってしまえばそれまでだけれど。

 「オレ、もの凄く考えて『ここ』に決めたんスよ?」

 悪戯っぽい光を青の瞳いっぱいに湛えてユウナの瞳を覗き込めば一瞬で彼女の頬が薔薇色に染まる。

 「だ、だって、普通、お部屋に帰るかと思うでしょう?」

 ティーダは暗闇に救いを求めるように逸らされた視線を追いかけて、いつでも決壊しても良いと訴える己が理性に歯止めを欠ける。

 

 「部屋だったら見つかるかもしれないじゃん?」

 「・・・う、まあ、そう・・・だけど」

 言いよどむところが可愛くて

 

 「部屋でどうしたかったの?」

 意地悪を承知で困らせて

 

 「・・・っ!もう!えっち!」

 「エッチなのはユウナ〜」

 抱きしめてしまえばきっと歯止めが利かなくなるのがわかってる

 

 「そうだ、一番上の段まで行ってみる?」

 ティーダはそんな空気を少しだけ誤魔化すように笑うと、再びユウナの手を引いて階段を上りだそうとしたがその瞬間、小さな抵抗と共に身体がもといた場所へ引き戻される。

 「ユウナ?」

 夜目にも赤く染まっているのがわかるユウナの頬に月明かりが降り注ぐ

 「えと・・・あの・・・ね?ごめんね・・・その・・・・」

 俯いているからその表情まではわからないけれど

 「ごめん?」

 握り締められた手は少しだけ冷たくて

 「わ・・・わがまま言ったりして・・・あの、ただのヤキモチで、うん、やっぱり、戻ろう?」

 

 

 

 わがまま?

 ヤキモチ?

 まるで月明かりに後押しされるように現れた笑顔が、あまりに綺麗だったから

 

 

 

 

 「あ〜〜〜〜だ〜〜〜〜〜っも〜〜〜〜〜限界!」

 「限界って、きゃ・・・ぅんっ?!」

 外だとか、スタジアムだとか、誰かが来るかもしれないだとかいう問題は後回しだと言わんばかりにユウナを抱き寄せ唇を奪うと、その勢いに任せて華奢な身体を抱え上げる。

 「ティ・・・え?ええ?!や、もしかして、えええ?!」

 担ぎ上げられた先で、恋人の『限界』の一言に不穏な展開を察知したらしいユウナがジタバタと暴れているけれど、そもそも『誘った』のは彼女の方で、自分は単に『誘われた』に過ぎないのだと陽気な自己完結をしてしまったティーダには『痛くも痒くもない』のである。

 慌てふためくユウナを抱え、観客席最上段まで駆け上がり、不敵ともいえる笑顔で囁かれた愛の言葉は、それは壮絶に甘かったのだった。

 

fin

バカップルは楽しいなあ!!
スケベな太陽は最高だあ!(バカ)

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