いつか、こんな日も来るのだと―――。

 

 いつかの話。

 

 リーグ開催まで後2日。

 スピラ各地から続々とブリッツチームがルカ入りをし、また、贔屓のチームを応援するべく押し寄せたサポーターで街は大賑わいの様相を呈している。

 スポーツカフェは連日大満員で、今期リーグはどこが優勝するかなどという話題で賑やかなことこの上ない。
 そして、その話題の中核に常にいるのは『不動のスター』その人で、登場してからずっと色あせることのない目覚しい活躍に人々の期待も大きくなるばかりだ。

 

 

 「それだってのに、ま〜だ拗ねてやがるな?」

 購入したばかりのブリッツボール専門誌を片手に監督であるワッカが盛大にため息をついてみせた。

 『それなのに拗ねている』と称された青年は、練習のために訪れた室内プールの端っこに座り仏頂面を隠そうともせず水面を蹴っては何やらブツブツ言っている。
 時折水面に顔を出したオーラカのメンバーへ向けて愛想笑ってはみるものの、『練習』へのやる気がメンタル面に大いに左右される為、なかなか水中へ戻ろうとはしないのだ。

 水の中では無敵の彼の人だけれど、たった一人の些細な言動があんな風にしてしまう。

 スケジュールの都合上、どうしても一緒にルカへ来られなかったユウナの今日の到着を待ちわびていたのも知っている。
 共にルカ入りするはずだったルールーが練習場へイナミとだけ現れた時のティーダの顔を思い出すと、少しばかり可笑しくもある。

 けれど・・・。

 「1日遅れてルカに来るって、ちゃんと言ったんでしょう?」

 夫の隣で同じくため息をつきながら駄々っ子の様子を眺めていたルールーが呟く。

 「ああ、連絡を受けてすぐにな」

 それでもあの駄々っ子の様子から察するに、最後の最後まで諦めなかったらしいのも窺えて

 「・・・まったく、しょうのない子ね」

 丸めた雑誌でポンポンと肩を叩きながら苦笑するワッカを尻目に、美貌の黒魔道士がゆったりとした足取りでティーダへ向けて歩き出した。

 

 

 「1日遅れて来るだけでしょう?少年?」

 『少年』と言うにはだいぶ無理のある存在へ向けて声をかけた。

 「・・・わかってますよう」

 口を尖らせてそう呟く様は、あの頃の『彼』となんら変わりがなくて

 「今年幾つになったのか言ってみなさい」

 凄まじく呆れたというように紡がれたルールーの問いへ、揺れる水面をずっと見つめていた青い瞳がようやくこちらを見つめ、面白くなさそうに一言。

 「・・・・・・・・・・・24」

 「そう、ちゃんと自分の歳はわかってるみたいね?もう子供みたいに拗ねてないで、さっさと練習してきなさい」

 『ユウナにはユウナの都合ってものもあるんだから』と言い切られ、水中に戻らざるを得なかったブリッツ界の大スターは、『この姉にも弱いのだ』と再確認させられたのだった。

 

 

 

 

 「よっしゃ、これで練習は仕舞いだ。明日一日はゆっくり身体を休めて、リーグ戦気張ってくれや」

 『調整』とは名ばかりの『鬼コーチ特別メニュー』をこなし、重たい身体を引きずるようにして控え室へ向かう。
 毎度の事ながら明るく気合いが入りまくっているのは監督であるワッカのみで、本番直前にもかかわらずオーラカの面々はグダグダだ。

 「明日は、一日中寝てやる・・・」

 「寝てられるならなあ?」

 意味ありげに笑う兄を睨みながらボソリと呟くティーダの背中へ小さな影が突進してきた。

 「ティーダ遊ぼう!!」

 「うっわ、イナミ!!危ないっつの!!」

 お気に入りの遊び相手の身体が空く瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだとルールーが苦笑まじりに教えてくれたので、これはこの小さな王子のお相手をさせていただかねばとティーダは内心厳かに覚悟を決めた。

 「うぁ〜〜〜ったく!オレも疲れてるっつの!なんか喰いに行くか?!」

 「行く行く!!」

 背中によじ登ったイナミを落とさぬように両手で支え、勢い良く振り回しながら控え室のドアを開けたティーダの視界に飛び込んできたのは、見慣れた風景とそこにはいないはずの愛しい女(ひと)のその笑顔。

 「・・・ユッ・・・?!」

 「思いのほか時間かからなかったから、来ちゃった」

 小さく首をかしげて笑う愛妻の姿に、口をぱくぱくと動かしているだけのティーダをワッカが背後からつつく。

 「良かったなあ〜?拗ね拗ねボウズ〜?」

 『してやったり』と顔のそこら中に書き散らしながら笑うワッカに非難がましい視線を投げつけながら、それでもユウナが目の前にいることのほうが嬉しくて、つい微笑んでしまうそう。

 「用事、なんだったんスか?」

 他のメンバーの冷やかしの視線にもめげず、ティーダはイナミを背負ったままユウナへ歩み寄った。
 今回の遅れる理由を『ユウナの都合』としか説明されておらず、事情を知っているらしいルールーにしつこく尋ねても『本人から聞きなさい』と言うだけで一向に教えてくれなかったのだ。

 残念、くらいに思っていた自分を、本格的に拗ねさせたのは他ならぬその一点に尽きるのだけれども・・・。

 

 

 「え、えと、用事っていうか・・・あの・・・」

 「うん?」

 『都合』なのか『用事』なのかわからないけれど、尋ねた途端に言いにくそうにしている愛妻の姿へ首を傾げた。

 

 

 「よ、用事、だったんだけど、え〜と・・・あの・・・ルールー・・・?」

 答えを待つティーダの背中越しに見える姉へ、なんだか困ったような視線を向けるユウナがますますわからない。

 「・・・大丈夫よ」

 「う、うん・・・あのね?お医者さんに、会いに行ってたの・・・」

 俯いて、小さな声で紡がれたその『都合』に、今度はティーダが慌てる番で

 「い・・・医者?!ユウナ、どこか具合でもわる・・・っ」

 思わずイナミを落としてしまいそうになりながらも、必死の形相で愛妻に詰め寄った彼の耳へ届いたのは―――

 

 

 

 

 

 

 「ち・・・っ!違うの!!あ・・・赤ちゃん・・・でき・・・たの」

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」

 『あ』と口を開けたまま固まってしまった旦那様に

 「・・・赤ちゃん・・・・」

 小さな声だけれどしっかりと奥様が

 

 

 「イナミ、こっちにもらっておいた方がいいわよ」

 「お、そうだな」

 ルールーに言われるまでもなくそのつもりだったらしいワッカが、ティーダの背から息子の身体を引き剥がしたその瞬間、歓喜の声が控え室を席巻することとなる。

 

 

 「すごい!すごいすごいすごいすごい!!ユウナやったあ!」

 痛いくらいに抱きしめられて言の葉すら満足に紡げないユウナは微笑むことしか出来なくて、そんな2人を取り巻く人々もただただ笑顔。

 「オレ!オレさっ!ユウナのこともっと大事にするから!!」

 もう一度、何かを確認するかのように抱きしめられた腕の中で『これ以上大事にされたら溶けちゃうよ?』と言ったユウナの笑顔は、この上もなく幸せそうなものだった。

fin

 

ティーダ24歳、結婚後ですね。(笑)

我が家設定では18歳で帰還、4年後に結婚、2年後に第一子誕生となってますのですみません。(苦笑)
なんかね、ルールーがティーダのことを『少年』って呼ぶのが大好きだったんですよう。微笑ましくて。
ええ、もうキッチリ大人のティーダを『少年』と呼んで嗜めるルー姉さんが書きたかったなんて言えません。(笑)

お父さんになっても相変わらずみたいです。(^^)

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