ユウナ?

 ユウナ?

 笑顔と共に返される『なあに?』が聞きたくて、用事もないのに呼んでしまうよ。

 もしもオレのワガママが許されるっていうのなら、君の名前を紡ぐことが出来るのは後にも先にも『オレ』だけであって欲しいと・・・そんな風に願ってしまう瞬間があったりするんだ。

 

 

 

 Dear My Darling

 

 

 

 「・・・アイツさ、なんだってあんなに体力あるわけ?」

 疲弊した身体をお気に入りのソファーへ投げ出し、黄金の髪の青年が『ウンザリ』気味に呟いたのを、台所から顔を出した恋人が笑顔で『そうだね』と肯定した。

 「今頃昼寝してるって聞いたんスけど、オレ」

 平素ならば疲れきって昼寝に突入しているはずの『アイツ』はまだまだ元気が有り余っているらしく、少々お疲れのご様子の彼を再び庭へ召喚するべく大きな声でその名を連呼している。
 ウンザリ顔を装ってはいるものの、本心からウンザリしているわけでもないらしい彼は、勢いの衰えない召喚主に『今行くッスよ〜』と声をかけた。

 「キミと遊ぶのが楽しくて仕方がないんだね」

 冷たい水をコップへ注ぎ、笑顔でそれを手渡してくれた彼女へ『ありがとう』と感謝の言葉を伝えた後、一息に飲み干し立ち上がる。

 「いや、オレだって面白いけど如何せん体力差がありすぎだって今わかったッス」

 「ワッカさんの息子だからね」

 『意外に細君の方に似たのかも』と、今は島を不在にしている美貌の女(ひと)を脳裏に思い描いて小さく笑う。
 連絡船に乗り込むその瞬間まで恐縮しきりの夫の腕をとり、『じゃあ、悪いけどお願いね?』と艶然と微笑んだ様は記憶の中の彼女となんら変わるところがなくて、少しだけくすぐったかった。

 年に一度の結婚記念日。

 傍でこうして生活しているのだから、頼るばかりではなく頼られもしたい。

 どうぞ、どうぞ、ごゆっくり。
 大好きな青年の肩車の上でにっこりと笑い、そう言い放ったイナミを思い出しては笑い合って、2人は幼子の召喚に答えるべく庭へと足を向けた。

 

 あの頃も、今も。

 『兄』とも『姉』とも思い慕ってきた最愛の2人に出来た小さな命。

 ビサイドに還ってきたときにはもうすでにその存在があって、酷く驚かされたけれどそれ以上に嬉しくて嬉しくて。

 長いと感じていた一年はあっという間に過ぎ去って、あの幼子もすでに3歳になっている。
 小さかった手が、今も小さいながらも驚くほどしっかりと。
 唸っているだけという感想しか出てこなかった言の葉も、今では大きな声で自分の名前を呼び召喚するではないか。

 愛された記憶がないから、もしも自分に子供が出来たらどうすればいいのかわからない。

 正直、そんな不安も心の片隅に抱えていたというのに、我が子でないながらも大切な人たちの命を分けて生まれた彼を、こんなにも素直に可愛いと思える自分が居ただなんて、と人知れず苦笑したのを憶えてる。

 

 

 愛された記憶がないなどと、よくもまあ思っていたものだと・・・過去の自分に感動すらして。

 

 

 「てぃーだ!てぃーだ!!ボール遊ぶ!」

 「お、オレに挑戦するとはいい度胸だな!ユウナっ、コイツやっぱりルールー似ッスよ!」

 

 

 先刻まで『疲れた』と連発していた本人が、満面の笑顔で小さな親友へ駆け寄る様を、彼女はその色違いの瞳いっぱいに慈愛の光を灯して満足気に見つめ、潮風にたなびく洗濯物を取り込む作業に取り掛かった。

 台所には冷たく冷やした果物と、先刻焼いたビスケット。

 彼には温かい紅茶と、小さな王様にはミルクでいいかな。

 大きなシーツを取り込みながら、この後に到来するであろう至福の時間の段取りに瞳を細める彼女の耳に、大好きな彼の声。

 「ユウナ?」

 「なあに?」

 「呼んでみただけッス」

 小さな悪戯が成功したと言わんばかりの愛しい笑顔が、南国の太陽に照らされて輝いて。

 「おやつにする?」

 呼ばれただけでもこんなにも嬉しいと思う自分に、自然と浮かぶのはやっぱり笑顔。

 「おやつー!」

 「おー!おやつー!」

 

 

 冷たい果物とサクサクのビスケットに満足すると、とたんに今までの遊びの代償が襲い掛かってきたものか、あんなにも元気だった存在は日当たりの良い場所へ据え置かれた彼の白いソファーで撃沈してしまう。
 昏々と眠るイナミの姿は、『まるで燃料が切れたマキナのようだ』と彼が呆れたように呟くから、ユウナはこみあげてくる笑いを抑えようともせずに同意してみせた。

 「ユウナ?」

 「・・・なあに?」

 『また呼んでみただけ?』
 笑顔の隣には言葉にこそしないけれど、そんな質問。

 「愛してるよ」

 愛の言葉以上に心臓を鷲掴みにして離さないハニースマイルに、3年経っても未だに慣れない自分は、この先一生慣れる事はないと確信に近い思いに駆られながら、小さな声で『ありがとう』と答える。

 

 

 止め処なく繰り返される愛の言葉。

 

 惜しみなく注がれる愛しい笑顔。

 

 呼びかけられる度に『なあに?』と答える事。

 

 いつか、彼の『命』をこの胎内で慈しめるように―――。

 すやすやと眠る幼子の顔を見つめながら、青い空に祈るのはささやかだけれど最大級の夢の形。

 

 そう、きっと遠くない2人の未来。

fin

 

再会一年後とか考えてたんですが、書き出してみたら3年後でした。(笑)

イナミ、王様。(爆笑)
なんとなく、ゆったり幸せにしてるんだーってことが描けていたら大成功の巻。

ティーダ・ユウナん大好きです。(^^)

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