身体中で燻っていた熱が引き
ことり、と寝付いてしまえば朝まで起きることなどそうはなく
それでも、たまさかにこうして瞳を開くような機会を得られればそれは、この上もなく幸せな瞬間で
そして、祈る
誰かへ捧げる奇跡への感謝を
Gratitude〜2004・Wieder〜
月明かりに照らされて、とも言い切れないほの白い世界で最愛の人の寝顔を見る。
窓の外に広がる空へ視線を移し、もう少ししたら太陽が世界を照らす瞬間(とき)が訪れることを察知したユウナは、こんなチャンスはそうはないから、いっそこのまま朝まで彼の寝顔を鑑賞しても良いとさえ思いながら小さく笑う。
この空の様子では今日もきっと暑くなるに違いない、と汗まみれで帰宅するはずの恋人の姿へ思いを巡らせ思わず苦笑。
朝も明けていないというのに、もう一日の終わりを考えてる自分がいるからだ。すうすうと規則正しい彼の寝息を、こんなにも近くで感じるだなんて想像出来た?
滅多に見ることの出来ない暁の彼の寝顔にそんなことを幾度か考えた。
想像しなかったかと問われれば、否。
あの日
あの旅の日々
いつかこうなることを夢に見て
こうなるのなら『彼』以外には考えられないと決意めいた想いさえ胸に抱え
夢に見たことは、夢のままであったのかと諦めたあの瞬間も―――
ビサイドの暑い日差しの下、今日も過酷な練習が待ってるに違いない愛しい人を起こさぬように。
夢の中ででも共にあればいいと、わがままにもそう思って。
起こさぬようにと心を配りながら、見つめるほどに触れたいだなんて矛盾しているけれど、ともすれば自分よりも長いんじゃないかと感心してしまう長い睫毛や、すっと通った鼻筋、いつも口づけをくれる唇も、日向の匂いのする褐色の肌も、そのすべてに触れて確かめたいと思ってしまう。
消えて、しまうのではないか
この衝動は己の不安の表れかと、最初の頃こそそう思いもしたけれど。
「・・・・ん、に?ユウナ?」
気配に敏感な恋人がゆっくりと眠りの世界より舞い戻る。
「ごめん、起こしちゃった」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、ぺろりと舌を出して見せれば『いいッスよ』と言って笑ってくれるから。
「もしかして、まだ怖い?」
ティーダはゆったりとした動作で愛しい温もりを腕の中に閉じ込め、言外に自分が再び消えてしまう事への恐怖が眠りを妨げているのかと、少しだけ掠れた声で問うてみる。
「怖くないっすよ?」
『大丈夫』だと太鼓判を押したのは、他の誰でもないユウナ自身。
「・・・あ。でも怖いかな?」
「うぇ?」
「この先キミがどれくらいかっこよくなっちゃうのかなって思ったら、ちょっと怖い」
「はぁ?!」
思いもよらないユウナの返事にティーダは青の瞳を見開いて愛しい人の顔を覗き込んだ。
「あのね?」
「うん?」
抱き込んだ腕の中から自分を見上げる色違いの瞳はやけに嬉しげで、ついつられて笑ってしまいながら彼女の次の言葉を待っていると、ユウナは白く細い指先で空中につい、と描いた三角形の一角を『こういう所』と指し示しながらまるで歌うかのように想いを零す。
「昔はね、こういう所に立ってる様な感じでいたの」
「三角の、端っこ?」
「う〜ん、と。そうそう、崖の端っこって言えばわかりやすいかな?」
「昔?」
「そう、昔」
ブラスカの娘らしく
大召喚士らしく
それでも尚諦めきれずに水へ身を沈めていたあの日々に
「今は?」
「今?」
『今』を問われて、でもすぐに答えてしまうのもなんだか勿体無いようなそんな気がするからとうそぶいて、ユウナは大好きな腕の中にいっそうその身を摺り寄せて『うふふ』と笑う。
「ユウナ〜?」
気になって仕方がないとでも言わんばかりのティーダの声が、どうしようもなく嬉しいのだから困ったものだ。
「今はね、綿菓子の中にポーン!って放り込まれてるみたいな感じかな」
放り込まれては抱えあげられて、そしてまた放り込まれる。
暖かくて、柔らかくて、酷く甘い―――そんな幸せでどうしようもない世界に。「キミにね」
「オレにッスかぁ?」
「そう、キミに」
笑い続けるユウナとは反対に、『よくわかりません』と顔にでかでかと書いているティーダはしばしの逡巡の後に単純で明快な一言を投げかけた。
「それって、幸せってこと?」
「そういうこと」
迷いのない艶やかな笑顔で頷いたユウナの頬へ、『そっか』と嬉しげに頷いたティーダの黄金の髪へ、厳かに現れた太陽の柔らかい光がふわりと舞い降り次第に明るさを増してくる。
今日も交わせるこの一言に感謝して
明日も交わせるであろう幸せに祈りを込めて
そして紡ぐ
微笑みを添えて、『おはよう』 の言の葉を。
fin
ティユウ再会記念企画『Wieder』へ投稿した作品です。
控えめに控えめにと言い聞かせつつ書き上げたのをおぼえてます。(爆笑)
だって、一応、我が家をご存じない方々へ見て頂くことを前提に書かねば!と。(笑)イキナリ『おしり触らせて』とか言わせたらダメだろうと思って。(爆笑)