「改めて思うけど、キミってやっぱりザナルカンドに住んでたんだね」

改めて思うも何も、今更の話なんだけど。
そう言って笑うユウナを見て、黄金の髪の少年が不思議そうに首をかしげた。

 

ザナルカンド育ち

 

そう思う切っ掛けは、彼の澱みない動きからだった。
奇跡の復活劇からずっと、彼の周りは慌しく賑やかだ。彼の知るスピラは今はもうなく、未来への復興作業に大忙しの日々をおくる。
その様子を見せたくてセルシウスへ搭乗させたが、戦力・労働力共にずば抜けている彼を、カモメ団的に放っておくわけもなく、瑣末な雑用から始まり、今ではスフィアハントまでこなす始末。

その、雑用の一端ともいえる動力部のメンテナンスの手つきを見ているうちに、思いがけず口をついて出たのが先だっての言葉だった。

「やっぱりって、どうしてッスか?」

ユウナの今更な感想に思わず破顔したティーダが、その足元に散らばる様々な工具の中からスパナを一本手に取った。
無作為に選んでいるようだがそうではなく、ボルトを締めなおす手つきに迷いはない。

「どうしてって・・・だって、キミ、マキナの事なんか知らなかったのに、すぐにこんな事出来ちゃってる」

「う〜ん。確かによくわからないけど、見てるうちになんとなく、かな?シンラに説明してもらったし、ザナルカンドはほら、あのとおりの街だったろ?まったくこういうもんに触らなかったわけでもないから」

そう言いながら、いま手にしていた工具が一回り小さなそれへと持ち替えられた。

「アーロンさんはどうだったのかな」

「アーロン?!・・・どうかなあ・・・一緒に住んでたわけじゃなかったし・・・・今となっては、どこで、どういう風に生きてたのかもナゾだよなぁ、あのオッサン」

そう言って愉快そうに笑ったティーダの横顔に、ユウナもつられて笑った。

 

アーロン。

 

その名前は様々な意味で特別だった。

ユウナが幼い頃は、大好きな父のガードであり友だった。

ティーダが天涯孤独の見に陥った時、庇護し続けたのが彼の人だった。

その伝説の人は10年以上もの長き時を、友と交わした「約束」の為にのみ「死人」でありながら存在し続け、「永遠のナギ説」を手に入れたその瞬間、果たされた約束に微笑みだけを残し異界へと旅立ってしまった。

特別すぎて、思い出に胸が少し痛む。

そんなことを言ったならきっと、「感傷に浸る自分に浸っている」と呆れられるのではないだろうかと問うたら、「いや、もっとキツイこと言うね、あのオッサン」とすぐさま答えた彼が笑った。

 

「よし!おしまいっ!」

「お疲れ様!」

まるで過去の思い出を振り切るみたいにティーダが言うから、それに乗っかるようにユウナも笑って見せた。
手にしていた工具をぽい、と放り出した少年は、日に日に精悍さを増してきている。
そんな彼へユウナから冷たい飲み物が手渡された。

「お、ありがと」

嬉しそうに一気に飲み干す様を見つめながら、ふと何かを思い出したらしいユウナが小さく吹き出した。

「なんスか?」

「うん?うふふ、あのね、この間シンラ君が「タダで作業員ゲットだし」って嬉しそうにしてたの思い出しちゃって」

「うわー、何スか、それ」

「それだけ頼れる存在だってことじゃないっすか?」

ひとしきり2人で笑って、ふざけて、もう幾度目かわからないけれど互いの存在の確かさに心の中で感謝する。
使っていた工具は足元に散らばったまま。
どちらからともなく合わされた視線がまだ少しだけ面映い。
ほんのりと桃色に染まったユウナの頬に思わず手を伸ばしかけたティーダが、己の指先に慌てた様子でそれを引っ込めた。

「いっけね、危なかった」

「・・・何が?」

「何がって、ほら」

不思議そうなユウナの目の前に、ティーダは油で真っ黒になった手を掲げ、苦笑混じりに振って見せると工具を片付けるべく身体の向きをくるりと変えた。
別に、ユウナの方を向いたままでもそれらの作業に支障はなかったものの、一度点きかけた火を胸に抱えたまま、あの魅惑的な二色の瞳に見つめられて、そのまま耐えられる自信がなかったのだ。

理性が吹っ飛んだ後は、想像に難くない。

そんな葛藤を知ってか知らずか、愛しい少女はこともあろうに

「汚れたって・・・いいのに・・・」

などと呟いた。

呟かれて、次の言葉もなくて、沈黙の後、ささやかなため息まで聞こえた。

そこでなんとする。

押し倒すのが正解かとも思った。

しかし違うだろう。
とにもかくにも、今自分は壮絶に「汚い」のだ。

そこで、なんとか平静を保った。
状況を把握するように理性にすがった。
そう、100歩譲って、その一言は、せめてこの油まみれの手を洗ってからにしてもらいたかった。これ以上この密室に2人でいたなら後々困ることになるに決まっている。

「あのさ、ユウ・・ッ?!」

意を決して退室を促すはずだったティーダの唇に、柔らかな温もりが一瞬掠めた。

「・・・キス、しちゃった」

「・・・・っユ・・・?!」

工具を手にしたまま固まる恋人へ向けてユウナがおどけて笑った。
ティーダのその様は可笑しくなる位に間が抜けてて、一大決心の奇襲が大成功だったことにユウナの羞恥心が吹き飛んだらしい。
呆気にとられた恋人をそのままに、ユウナは足取りも軽やかに出口への階段を駆け上がった。

「ちょ・・・っ!ユウナ!やり逃げ!」

苦し紛れに叫ぶティーダをちらりと見下ろしたユウナが、艶然と微笑んで見せたかと思うと

「逃げないっすよ?キミの部屋で待ってるね」

とだけ言い残してエレベーターへと姿を消してしまった。

「・・・まじッスか?オレ・・・ボロ負けじゃん」

ユウナが消えていった空間を見つめながらポツリと呟いたティーダは、次の瞬間幸せを噛み締めるように、嬉しそうに笑み崩れたのだった。

fin

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