最初は、2メートル先。

 少ししたら、並んで。

 最後は、2人並んで5メートル後。

 

 

 ハナミズキ

 

 

 「・・・ユウナ?どうかした?」

 入浴を終え、お気に入りのソファーに腰掛けて足の爪の手入れに集中していた恋人が不意に顔を上げたから、思いがけず真正面でかち合った視線にどきりとして言葉に詰まり曖昧に笑ってみせた。
 少しだけ離れた食卓からレース編みをしているふうを装って、お風呂あがりの彼を盗み見していたことがわかってしまっただろうかと内心少しだけ焦りながら。

 「髪、綺麗だなって思って」

 「そう?ユウナの方が綺麗だと思うけど・・・」

 一年中水中で紫外線を浴びながら酷使されている髪は君が思うほど綺麗じゃないよ、と言外にそう匂わせながら笑うから、その笑顔にまた胸が高鳴った。

 髪だけじゃなくて。

 爪の手入れをするその所作も。

 伏せられた青の瞳も。

 本当は全部綺麗だって、誤魔化す言葉も出ないほど心の底から思ってた。

 こうして一緒に暮らせるようになった今でも、彼の言動一つ一つに丁寧に反応するこの心臓は・・・そう、あの頃とちっとも変わらない。

 「キミの事、好きだなって思ったの」

 変わったの?

 「オレも」

 成長したの?

 「ユウナ?」

 瞳を細めて笑うその仕種に『過去』が綺麗に寄り添って。

 

 

 

 

 

 始まりは、2メートル先を歩く不安そうな背中だった。

 

 

 海を渡る頃には、右隣を見上げて笑えるようになった。

 

 

 稲光の中で、揺らぎそうになる決意をどうにかしようと必死で、3メートル先を歩いた。

 

 

 そして。

 

 

 そして最期には、2人並んで5メートル後を。

 

 

 

 「愛してるよ」

 少しだけ首を傾げて、照れる様子もなく愛の言の葉を紡いでくれるのは、まるであの頃伝えられなかった分を消化しているみたいで可笑しくて。

 「ね、こっそり、手、繋いでたりしたね」

 後から聞けば仲間全員が気がついていたと。

 「繋いでたッスね」

 アレがこっそりなのだとしたら、本当の秘密事はどうなのだと盛大に呆れられもして。

 お互いの距離が短くなるほどに『世界』は加速度をつけて離れていったあの日々を思い出すのは、いつもいつでもこんな瞬間(とき)。

 ドキドキして、先を歩く仲間の背中を見つめながら右側を歩く愛しい存在に目配せして、触れた小指を絡めて笑った。

 そんな、ささやかな出来事が幸せのすべてだと信じて疑わなかったのに。

 

 

 「隣、来る?」

 手招きされて、嬉しくて。

 「すごいね。うん、すごい」

 テーブルの上には途中で放り出されたレース編み。

 「すごい?」

 唐突な感想に不思議顔のお日様へ、ぴたりと寄り添い小さく笑う。

 

 

 

 「『幸せ』って、どんどん溢れてくるものなんだなって感動してるの」

 数え切れないものなのだ、と。

 選択肢などないのだ、と。

 

 

 

 大きな瞳が更に大きく見開かれて、青の世界に悪戯っぽく笑う自分の顔が映ってる。

 

 

 

 ありがとう

 ここに居てくれて

 

 

 ありがとう

 支えてくれて

 

 

 ありがとう

 受け止めてくれて

 

 

 ありがとう

 生まれてくれて、ありがとう

 心から、心から祈るように想うのは、次々と湧き出る感謝ばかり

 

 

 

 「キス、しよっか」

 向けられただけで安心してしまう笑顔で告げられた言の葉は、5メートル後を歩いていた時に囁かれたあの響きで、つられて笑み崩れ、小さく頷く。

 掠める様にされた口づけは秘密を共有する時の約束のようで楽しくて仕方がない。

 彼に関しては、何一つ慣れたと言えることはないけれど、この先もきっと、ずっと、聞き分けのない心臓は丁寧に丁寧に反応していくことだろうから。

 「大好き」

 そして捧げる。

 『ありがとう』の代わりに、愛の言葉を。

 

FIN

ハナミズキは個人的にFF10ティユウソングです。

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