こんな風に、何気ない日々。
二度目の真実
「あ、そうだ。せっかくルカに行くんだからデートしよう、デート」
セルシウスで生活するようになって1週間が経過し、ユウナや、ユウナを取り巻く様々な環境が少しずつ落ち着いてきた朝のお誘いだった。
当然、「彼女を取り巻く様々な環境の中」で一番落ち着かなかったのは先刻提案してきた「彼」であるのだが、本人はいたって普通だ。
シンの脅威が去ったスピラのナギ節を自然体で謳歌しているように見える。
ざわめいているのは周囲の人間だけで、彼自身は何も変わっていないとは、リュックの弁だ。
セルシウスでの生活も、ブリッツボールに勤しむ姿も、笑顔も、何も変わらない。本来の順応性の高さがそうさせるのか、それとも無理をして合わせようとしているのか、いつか心配になって直接訊ねたら、「ここに在る事が嬉しいから」と照れ笑い。
日々増え続けているティーダとの思い出が、こんなふとした拍子に胸の引き出しから飛び出してくるものだから、嬉しい誘いへの返事が遅れてしまったのだ。「ユウナ?オレ、なんかヘンな事言ったかな?」
覗き込んでくる青の瞳が心配そうに輝く。
「言ってな〜〜〜い、言ってな〜〜いよ?」
それまで黙々と朝食の準備をしていたマスターがカウンターの向こうで右手を振った。
「いや、マスターに聞いてないし」
破顔したティーダが笑いながら飲み物を受け取った。
そんな横顔すら嬉しいのだから、この先が案じられもするのだけれど。
「ごめんね、嬉しくて声でなかった」
ただ素直にそう言ったら、「オレも嬉しい」と笑顔が返ってきた。
「じゃあ、行ってきます」
ルカへと開かれた扉の前でこちらを振り返ってそう言うユウナとティーダへ、リュックが慌てて声をかける。
「行って!行って!!ユウナん、アニキに見つかったらうるさいから、早く!」
セルシウスのリーダーは、いまだにユウナにご執心だ。
大好きな彼らの恋路を兄の魔の手から守りきるのが現在の最優先事項たる元気印は、今回のデートも「大作戦」とばかりに隠密裏に行動中である。「ゆっくりしてくるといいよ」
やや大袈裟すぎるリュックに苦笑いしきりのパインも、優しい言葉で二人を送り出してくれたものの、いざルカの街へ降り立てば一体何をしたものか見当もつかず、ただなんとなくブラブラと歩くだけ、な時間が過ぎ行くばかりだった。
「召喚士になるべく修行に明け暮れていた」ユウナと、「遊んではいたけれどザナルカンドでの事で、スピラはまったくの初心者」たるティーダのコンビである。
特にティーダにいたっては、つい先日二年もの歳月を経て奇跡の復活を遂げたばかりで、記憶の中のそれと、今のスピラの微妙なズレに戸惑うこともしばしばあった。
スフィアハントのかたわら、様変わりした各地を案内されつつも、そのズレを埋めるにはまだまだ時間が必要だ。「ま、あの時のことを思えば楽勝ッス」
そう宣言したティーダを見てリュックが大爆笑したのは言うまでもないけれど。
「あー、と、手、繋ごうか」
ぶらぶらと歩くだけでも楽しそうなユウナへ、ティーダが遠慮がちにお伺いをたてた。
「うん」
短い了解と共に、おずおずと躊躇いがちに絡められた細い指は、それでもティーダの存在を確かめるかのようにほんの少しだけ力がこもる。
それは、ガガゼトの雪面を見つめながら、そっと手を握った時を思い出させるような仕草でもあり、けれど過去と今との決定的な違いが確かに此処にあって、その事実に胸の内がくすぐったくもなる。「オレ、実はすっげぇこうしたかった」
照れ隠しに繋いだ手を大きく振りながら、微笑むユウナの視線を受け止めた。
「今?」
ユウナの問いかけに、ティーダは「今も、昔も」と呟いて笑った。
昔も。と、ティーダが言う。
潮風になびく黄金の髪は変わらないのに、時は確実に進んでる。
2年前のあの日々もずっとずっと、君の手を握り締めていたかった。
そう教えてくれる声も、そのままだ。
先を行く君を共に支えて、続いてゆくはずの『未来』を一緒に歩いていきたかった。
共に歩いていけると信じなければ、怖くて前に進めなかった。
海から漂ってくる潮の香りは『あの時』のままだけれど。
指笛の練習をした『あの場所』も思い出の中そのままだけれど。
「・・・なんか、さ、折角の初デート、しめっぽくした・・・ごめん。それに勉強不足だし、サイアク」
青空を見上げて大きなため息をついたティーダを、今度はユウナが不思議そうに見つめる番だった。
「初デートで、勉強不足?」
「そ!もっとこう、事前にリュックからイロイロ聞いとけば良かったッスよ!流行の店とか!美味いメシの店とか!その他モロモロ!全っ然きっちり出来てないもんなー!!」
自戒の意味を込めてかきむしる様にこねくり回されたティーダの髪はぐちゃぐちゃで、それでも尚ブツブツ言っている恋人の姿がおかしくて、ユウナは思わず声をたてて笑い出した。
「・・・そう、もう、笑って、うん」
情けなさ炸裂とでも言わんばかりのティーダへ、ユウナの口から思いもかけない言葉が飛び出した。
「ううん、違うの、あのね?デートだったら二回目だよ?」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
「二度目」の真実に言葉をなくしてしまった様子の恋人に、慌ててユウナが補足する。
「キミと。旅の途中で、ほら、アーロンさんを探して街に出たでしょう?・・・うふふ、あの時、実はね?ちょっと嬉しかったんだ」
そんな、些細な出来事を。
「思い出した?」
「・・・だした。でも、アレはデートって言わないだろ」
行方不明の養父を探して東奔西走したことを、彼女は「初デート」だと笑うのだ。
言葉を捜すティーダに、念を押すようにユウナが「デートだったの」と言い切った。「私には、ね?だって、指笛吹けるようになるまで離れないでいようって言ってくれた時、吹けなかったらずっとこのままだな、とか思っちゃったもん」
嬉しかったんだから。
そう言われてしまえば、今日は二度目のデートになる。
何気ない一言も小さな出来事も、ユウナはそうして一つ一つ大切に大切にして。
どれぐらい泣かせたかな?
信じ続けてくれた君を。
これから、
どれくらい笑わせてあげられる?
「・・・なんかオレ、泣くかも」
「ええっ?!ど、どうしたの?!」
俯き、立ち止まってしまった恋人を慌てて覗き込んだユウナをティーダはそっと抱きしめた。
帰還してから、幾度も確かめたはずの彼女の温もりは、今も確かに腕の中だ。
もしも許されるなら、今此処で大声をあげて泣いてしまいたいような気もして。「・・・キス、してもいい?」
「こ、ここで?」
「ここで。させてくれたら泣かない」
「もうっ!だめ!キスはね、デートの最後にして欲しいんだから」
迫る唇を押し留め、愛する人の形の良い鼻先をぎゅ!と摘み上げたユウナは呆気にとられているティーダを置いてけぼりにしてさっさと歩き出す。
「その他モロモロ、私だって知ってるよ?」
3メートル先で振り返り、笑顔でひらひら右手を振るユウナにティーダもつられて笑顔になりながら、愛すべき存在に向かって駆け出した。
2回目のデートはとびきり甘く。
誰が見ても『デート』だってわかるほどにくっついていよう?
2人、ずっと手を繋いで。
fin