残像

 

「じゃあ頼んだぞー」

ビサイドを出発した連絡船を笑顔で見送るワッカに、ティーダは少しだけ複雑な笑顔で手を振った。

「イナミといたかっただけッスよ、絶対」

「そうかもね?でも、こうやって2人でのんびり連絡船でルカまで行くのもいいかもよ?」

船の上、いまだにブンブンと手を振りこちらを見送っている『兄』へ向け、呆れたように呟いたティーダの隣に寄り添うように立ったユウナがクスクスと笑いながら恋人の顔を覗き込んだ。

ユウナと2人でルカへ来期ブリッツトーナメントにエントリーする手続きに向かう為だ。

あの『兄』曰く『俺は一応気を使ってやってるんだぞ』だそうだが、1歳をすぎ可愛い盛りの愛息子の傍を離れたくないのは一目瞭然だ。
普段ならば監督兼コーチであるワッカが雑務一般すべてをこなしてきたのだが、ティーダという『弟』を手に入れてからというもの、ユウナと一緒に行動させれば文句が出ないとふんでいいように扱われているようにも思う。

思わずそう呟いたらユウナは嬉しそうに笑うだけだったけれど。

「まあ、いっか。ルカで遊んできてもいいって言うし!」

「そうっす!ね?」

青空を見上げて、潮風に髪をなぶられて、飛んでいくカモメを数えて・・・。

あの時と変わらない風景。

けれど隣に立つユウナの笑顔は確実に『あの時』と違う。

こんな風に突然思い出すのはやっぱりあの時に見たユウナばかりで、そして混乱しながらも旅を続けていた自分の想い。

「ユウナ、憶えてる?」

「・・・え?」

ティーダはなんとなく視線を巡らせた先に目に留まった場所を指差し小さな問いを投げかける。

指し示したその先は、なんの変哲もない連絡船の甲板の一角。

「正確にはさ、この連絡船じゃないけど。船で、そう、あの辺り?」

ザナルカンドからいきなりスピラに放り出されて

知り合いもいない

言葉もわからない奴もいて

『シン』に突然襲われて

とにかく混乱して

憤って

自分の存在すら不確かで

不安で

不安で

どうしようもなかった、そんな時――――。

 

「ユウナがさ、こう、ぐわーっと握りこぶしなんかしてさ、すっごいムキになって『ザナルカンドはあるんですー!!』って言い張ってんの」

その時の彼女を真似するように身振り手振りをつけて離すティーダを見るうち、ようやく思い出したらしいユウナが『あ』と声をあげて頬を薔薇色に染めた。

「だ、だって、あの時は、その、必死だったから・・・」

目の前で笑い続ける恋人に、ユウナがバツの悪そうな顔で小さく呟く。
今にして思えば、初めて視線を交わした瞬間に恋におちていたのだろうティーダの、その不安げな佇まいや憤りを僅かばかりなりとも感じていて、何も言ってあげられないもどかしさがユウナにもあったのだ。
なにより、「ザナルカンドから来た」と言って憚らない豪快な人の面影があったし、彼の人の言葉も幼いユウナには真実で、だからこそムキにもなっていた。
「信じられねぇだろ?」と、精一杯の笑顔で言ったあの人に、自分の知らないザナルカンドの話をせがんでたくさん聞かせてもらった事が、本当に、本当に大切な思い出だったから。

 

「嬉しかった」

目の前の恋人が、少しだけ照れながらポツリと呟く。

「え?」

照れた様子が少しだけ意外で思わず聞き返してしまった。

 

そう。

単純に『嬉しかった』と。

ティーダのいたザナルカンドを肯定してくれたのがユウナただ一人だったとしても。

あの一言で。

あの強い眼差しで。

ユウナ・・・君がそう言ってくれたあの瞬間、あやふやだった世界がどんなにしっかりと目の前に現れたか知らないだろう?

そう言って微笑んだティーダの姿に、今度はユウナが恐縮する番だった。

 

「それにユウナ、可愛かったし」

なんだかぎこちなくなってしまったその場の空気を誤魔化すように、ティーダがぶぅ、と頬を膨らませてみせると、それが自分の真似だと即座に理解したユウナが同じように頬を膨らました。

「もう!一生懸命だったのに!」

「ごめん、ごめん!・・・ユ〜ウナ?」

「・・・?」

可愛く拗ねる愛しい人の瞳を捕らえて。

「愛してるよ?」

「・・・それ、謝ってないっす・・・」

 

そして笑う。

幸せを噛み締めるように。

君が居るこの場所こそが、自分のあるべき処だと そう思いながら。

fin

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