記憶の中の「彼女」と今の「彼女」

少しだけ違うその背中に、戸惑ってしまうんだ。

 

きみを まもっていくということ。

 

正直なところ、自分の記憶の中の「彼女」というのは、そう、どこか寂しげで、儚く、とにかく傍に居て守ってあげなくてはダメだ、なんて思わされるような、そんなイメージだったと思う。

思う、というとやけにあやふやな気持ちだ。

そんな風に感じて、思わず笑った。
しかし、あやふやなのは過去のユウナのイメージであって、現在の彼女は毎日がとても楽しそうで、一緒にいるだけでこちらまで幸せな気分にさせられる。
そんな時、つくづく、スピラへ還ってこられたという実感が湧き上がった。

傍に居ること。

ずっと彼女を守り続けること。

あの頃と変わらないものといえば、その想い。
むしろ今の方が強く傲慢だ。
もう二度と、異界ですらユウナと逢う事は出来ないのだと「覚悟」を決めたあの日。
其処には思い出の中そのままの、儚げで寂しいユウナの笑顔があり、それを思い出すたびに胸を締め付けてくるものがあるけれど、その痛みから逃れるように視線を泳がせればその先には、必ず、今のユウナが微笑んでくれていた。

それは、あの日願ったとおりの彼女の笑顔。

どうか、どうか泣かないで。

どうか、お願いだから幸せになって。

「勝手だ」と怒られた。
泣くことも、笑うことも、幸せになることも、ナギ節を手に入れて、一緒に生きていくと思うからこそだったのに、と。

あえて触れずに置いておいた気持ちの蓋を、最近では上手に開けられる。
あの時はどうだった?
そんな他愛ない言葉すら、互いを傷つけはしまいかと手探りだったあの日を思えば、現在の二人はなんと成長したものか。
彼女だけでなく、自分もまた、このスピラで「成長」しているのだとすれば、気恥ずかしいけれど嫌なものではないな、と言うと、ユウナもはにかんだ様に微笑んだ。

だけど、いつも寸でのところで飲み込んでしまう一言が在る。

あの2年間は、どうしてた?

存在しないものを求めて追いかけてくれた、あの日々は?

その問いかけは、声になる前に心の片隅に落ちる。
飲み込んだ気持ちの分だけ、彼女の微笑や温もりに、いつもいつも救われて。こんな風に思うのは、やはり、記憶の中のユウナと、今のユウナが違って見えることに他ならない。

変わった、と言う。

変わったよ、と笑う。

そう、このユウナを追いかけることに必死で、毎日が過ぎていくのだ。
こんなに幸せなことがあるだろうか。

 

「あ、また考え事」

 

悪戯っぽい響を含んだ指摘の声にティーダは現実に引き戻された。
笑顔で問いかけるユウナの両手には大きな箱が一つ抱えられており、現在二人はセルシウス内の倉庫へ大量に仕入れてきた食料品その他を運び入れるという任務中だ。
もっとも、この大役を仰せつかったのは「新入り」であるところのティーダだけだったのだが、一緒にいたユウナが手伝いを買って出たのは言うまでもないことだった。

「や、なんでもないッス」

ユウナが手にしている箱より若干大きいそれを持ち直しながら、誤魔化すように笑うティーダの横で、ユウナは不思議そうに首をかしげて見せた。

「なんでもないって顔してなかったけどな」

不服そうな声とは裏腹に、その足取りの軽やかさにティーダの口から素直な感想が漏れた。

「・・・ユウナって、力持ちだったんだなぁ・・・」

「ええ?!そんなこと思ってたの?!もう、これくらい普通だもんっ」

「普通ッスか?!あれが?!」

さっさと行ってしまうユウナの背中へ叫んでしまうほどの大荷物だったのだ。
これは力仕事で体力勝負だ、と唸ったほどの買出しの箱の山に、それでも一人で大丈夫だから、と愛しい少女を何度も説得するも、記憶の中以上に頑固な彼女は笑顔でその申し出をやんわりと断ると、さっさと荷物を抱えて作業を開始してしまったのである。
そうなるとティーダに残された道は「一刻も早く、しかも重そうな荷物から片付けていく」しかなく、手近にあった一番大きな箱を抱え、楽しげに荷物を運んでいくユウナの背中を慌てて追いかけた。

そして、その華奢な背中に不意に、記憶の蓋が開いてしまった。

ただ、誤魔化すためとは言え、「力持ちだったんだなぁ」は我ながらどうかと思うところであるけれど。

線の細さは変わらず。

腕だって何かの拍子に折れてしまうんじゃないかというくらい、華奢な作りをしているのに、それなのに重たいであろう荷物を軽々と運んでしまう。

スフィアハンターになって鍛えられたのだ、と言われてしまえばそれまでだろうけれど、あの旅の折、自ら率先して重たい荷物を運んでいるところなど終(つい)ぞ見たことがないティーダである。
ユウナ自ら荷物を持ちたいと言い出したこともあったけれど、なによりその申し出を率先してお断りしていたのは他でもないティーダ自身であり、なにも彼女が無理に荷物を持たずとも素晴らしく屈強な男手があの時は山ほどあったのだ。荷物を抱えている姿を見たことがなくても当然といえば、当然の事。

「びっくりした?」

満面に愉快そうな笑みを浮かべたユウナは、到着した倉庫の扉を手を使わず器用にも己の肩で開閉ボタンを押して開け するり、と中へ身を滑らせる。

「もうビックリしっぱなし」

おてんばの気質はもともとあったのだ、とキマリが言っていたのを思い出し、ティーダは思わず吹き出してしまいそうになった。きっとこれが本来のユウナなのかもしれない。シンもナギ節も関係なく、平和な世界で大きくなっていたのなら、きっと、もっと活発な少女に育ったに違いないのだ。

事実上、シンがいなければ自分とユウナの出逢いはなく、今の幸せもありえなかったわけだから、少々複雑なところではあるのだけれど・・・。

やっぱりどこをどう見ても華奢な背中を眩しそうに見つめながら、たった今運んできた荷物を所定の位置に積み上げる。
ユウナが持っていた荷物は棚の最上段へ積まねばならず、ここだけは素直にティーダのお手伝いを受けてくれたことに少しだけ安堵しながら、愛しい少女へ笑顔を向けた。

「あのね?私、強くなったでしょ?」

まだまだたくさん残っている荷物を取りに戻る道すがら、ユウナが唐突に言の葉を紡ぎだした。
何気なく、そうすることが自然だとでも言うように、どちらからともなく繋がれた手に少しだけ力が込められたのを感じながら、ティーダは少しだけおどけて「うん」と答えた。

「私、もっと、もっと強くなるの」

思いがけない彼女の宣誓に本気で驚いた。
強くなってくれることには反対はしないけれど、せめて自分の居場所は残しておいてはくれないだろうか?
ユウナを守って生きていくのは、他の誰でもなく『自分』であり続けたいから。

それでも彼女が力を望むなら、決して反対はしないけれど、別に強くなってくれなくても自分は一向に構わないのだ。
恋人の真意を測りかねて言葉を選んでいるティーダの顔を、悪戯っぽい光を湛えた色違いの瞳が覗き込む。

「キミを、守って生きていくんだから・・・これから、ずっとね?」

「・・・・・・・・・・・ユウナ、それ、オレ、嬉しいんだけど・・・・・・・逆じゃ、だめッスか?」

世にも情けない声でそう呟いた愛しい青年にユウナは容赦なく笑顔で「却下です!」と告げると、繋いだ手をぐい!と引っ張り勢い良く歩き出した。

 

「キミを守って生きていく」

言外にもう二度と離れないと誰よりも強く表明して。

 

少しだけ前を行く、記憶の中とは少しだけ違う最愛の背中に向け、ティーダはこの上もなく幸せそうに笑み崩れたのだった。

fin

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