オトナじゃないから
「・・・あ。捕まってる」
スタジアムから雪崩出る人をやり過ごしてからこちらへ来れば、もう見慣れた光景が目に飛び込んでくる。
ティーダが、所謂ファンに捕まってもみくちゃにされているのだ。万年最下位チームが常勝チームのイメージを定着させる頃、その立役者たる恋人は言わずもがな「スター」になってしまっていた。
今日のゴワーズ戦も快勝し、名実共に向かうところ敵なしといったところだ。
チームとしての敵もいなければ、選手としての敵もないというのが、ティーダの現在置かれている立ち位置だが、試合をこなすほどに終了後の「出待ち」人数が増えてしまうのも困りものではある。
しかし、そこは人気商売。
どんな気象状況でも、スター選手へ一言労いの声をかけたし、と集う熱烈な支持者は居ないより、居た方が断然良く、その一時さえやり過ごせば、その後の彼はユウナのものだ。けれど、ティーダの視界に一瞬でもユウナが映ると、彼の態度が一変する。
急に落ち着かない様子でこちらへ来たがる。だめだめ。
笑顔で牽制して、人気者の職務を全うしてもらう。
そんな時、なんとなく主人に怒られた時の子犬に見えて、かなりときめいているのは彼には内緒の話。
ルカの街角で着飾った女の子達の話題の中心は、もっぱら「彼」のことだなんて、本人に自覚がない分いかんともしがたいけれど、聞くとはなしに聞いてしまった自分が恥ずかしくなってしまったりもしていて、なんともこそばゆい。でも。
でも。
本当の、本音の部分は、「大丈夫」って振りをしているだけだ。
たくさんの女の子に囲まれて、笑顔を見せている彼は、自分のものなんだと叫びたくなる瞬間だってある。
けれど、いつでも彼が傍に居てくれて、「好き」と伝えてくれるから、せめて「ブリッツをしている彼」くらいは、皆のものでもいいかな、などと、強がりも甚だしい。
きっと、心の奥底では、誰にも見せたくないし触らせたくもないわけで、こんな風に考える瞬間があるのだと彼が知ったら、一体どんな顔をするだろうか。
「ユウナ!おまたせ・・・って、どうしたッスか?さっきから百面相」
「ええ?!な、なんでもないよっ!」
「ふぅ〜ん?ま、いいけど、可愛かったから。ところでさ、ここでキスしていい?」
さらりと齎された問いかけは理解するには刺激が強すぎだ。
「え、な、なんで?」
訊ねるくせに答えは求めてこない恋人は、その綺麗な顔を問答無用とばかりに近づけた。
「だってさ、さっきからユウナの周り、男ばっかり集まって見てるの、気がついてないわけ?ユウナはオレのもんだっつーの」
腰に回されたたくましい腕に黄色い声が飛んでくるけれど、ティーダはといえばそんなことなどどこ吹く風。
「う、あの・・・する、の?」
「うん、する。オレ、そこまでオトナじゃないから」
強引なわりに優しい唇は温かくて、彼も今の自分の様に背伸びをしている部分があるのかもしれないと思うと、無性に愛しさがこみ上げてくるのだった。
fin