kiss kiss
髪にキス。
毛先をつまんでこちらに引き寄せて、顔を埋める様に鼻先を摺り寄せて耳を噛む。
唇はこめかみに移動して、瞼から鼻、それからようやく唇に、キス。「ま、待って待って!えっと・・・っん」
「ダメ、待たないー」
くすくすと楽しそうに笑うティーダに、ユウナは少しだけ困ったような顔をして見せた。
しかし、そんな抗議混じりの表情すらも「かわいい」の一言で集約されてしまい、結果唇が近づく回数が増えるだけだ。
ここまでくるとユウナもいよいよ諦めるところであるが、今日だけは違うらしく、抱きしめられた腕の中で、もぞもぞと体勢を立て直すと「どうしても聞きたいことがあるの」と語気を強めた。「聞きたいことって、今ッスか?」
それでも済し崩してしまうべく彼女の頬へ唇を寄せたが、大きく頷かれてしまったら攻撃の手を緩める他手はないだろう。
凄まじく残念そうな顔のティーダは、ユウナに促されるままにソファーへと座りなおす。「で?なんですか?ユウナ様?」
「ユ、ユウナ様って・・・えと、あのね?」
覗き込むだけで頬を赤くする可愛いユウナに、ティーダは押し倒してしまいたい衝動を必死に抑えて彼女の次の言を待った。
平素であればいいではないか的に寄り切ってしまうのだが、こういう雰囲気で切り出してくるユウナをないがしろにして、いい結果が出た試しはない。
今後の円滑な恋人生活を優先するのであれば、今は大人しくしていたほうが得策とも言える。「あ、あのね?」
「うん?」
「キ、キミってね?」
「オレ?」
本来ならば寛ぐ為に用意されたはずのソファーで、ガチガチに緊張して切り出してくるほどの「聞きたいこと」とはなんだろう?
ユウナはといえば、訊ねてもいないうちから耳まで真っ赤で、ただキスを繰り返していただけで何を「今」確かめたいのか。
恋人の挙動に不思議顔のティーダの耳へ、意外な質問が飛び込んできた。「そ、その、えっと、キミって、ね?以前(まえ)からこんなに、キ、キス・・・好きだった?」
「・・・・・・へ?」
「だっ・・・!だって!なんか、あの、一日中なんだも・・・っ」
言うだけ言っておきながら、恥ずかしさのあまり小さくなっていった語尾こそ聞き取れなかったものの、その予想外の展開にティーダが驚く番だった。
「まえって、いつくらいのこと言ってる?」
唖然としたまま、それでもなんとか訪ね返せば、
「う・・・えと、あの時・・・一緒に旅してた・・・」
と、恐る恐るといった体でユウナが答える。
その色違いの瞳はなんともいえない複雑な表情をしていて、いよいよ返答に困ると、ユウナの方からぽつぽつと言葉が繰り出された。「その、ね?キミって、キス・・・するの好きでしょう?」
「うん」
「で、でもね?あの、それって、あの時の旅の間は、その・・・てくれなかった、から・・・」
「へ?」
「・・・だから、キス・・・してくれなかったから・・・あんまり」
そこまで言うのが精一杯のユウナは、耳まで朱に染めて俯いてしまう。
その愛らしさに一瞬気を失いかけたティーダだったが、何とか堪えて彼女の手を取り、ぎゅ、と握った。
そう、今では簡単に出来てしまう「手を握る」ということも、あの頃の自分には恐れ多くて出来なかった。
ユウナの微笑に、涙に、視線が合うたびに、誰にも気付かれないようにと指先だけを絡ませて歩くほどに、抱きしめて、キスをしてみたかった。
それが本音だ。
ただ、あの頃自分が立っている状況を鑑みれば、それらの想いは封印せざるをえなかったわけで、決して嫌いだったとか苦手だったとか言うことではないのだ。「・・・我慢、してたよなぁ・・・オレ」
ぽかんとした顔のまま、ようやく捻り出されたティーダの回答はそれだった。
そのいかんともしがたい表情をしばらく黙って見つめていたユウナが、堪えきれずに笑い出したのが開放の合図だと言わんばかりに、ティーダが猛烈な勢いで彼女の唇に自分のそれを重ねた。
ユウナの唇から漏れる熱い吐息に、「我慢していたあの頃のオレ」へ、ティーダは心から尊敬の念を送り、まるで試合開始前の宣誓でもするかのように力強く言い放った。
「もう我慢する必要がなくなったから、たくさんする!」
そして、幸せな恋人達は小さく笑い合うと、どちらからともなく唇を寄せたのだった。
fin