だってさ、そういうことは知っておく必要があるんだって!
大切なこと
ティーダがスピラに還ってきて早4ヶ月。
怒涛の勢いで襲いかかってくる毎日を必死にかわしながら、もう4ヶ月。
最愛の人が不在だったあの2年間と、まったく同じ時間軸の中で生活してるのだろうかと疑問に思うくらいに、一日が経つのが凄まじく早く感じられる。朝起きたかと思えば、もう昼食後のひと時を暖かいお茶と共に楽しんでおり、気がつけばもう夜だったなんてままある話だ。多分、あの頃の自分はどこかおかしかったのだ、とユウナは心の中でボンヤリと思う。
とにかく一日をやり過ごすことが目標で、寝所に横たわるまでの時間のなんと長かったことか。過去と今へ思考が行き来する時、どうしても考えてしまうことがある。
永遠のナギ節が訪れて、急速に変わっていっているスピラを2年前の『彼』はどうやって受け止めて消化しているのだろうか?
尋ねれば、答えてくれるだろう。
けれど、自分にもそれを尋ねる余裕が今はない。
変化した環境を受け止めている彼と、彼のいなかった間の心の穴を埋めている自分。
ともすれば、己のほうが余裕のない生活をしているのではないか、とも思う時さえある。
余裕がない。
可笑しい位に。
彼の声を聞けば安心し、揺れる黄金の髪に触れれば涙腺が緩む。
こんなに、弱かっただろうか?
こんなに、ちっぽけだっただろうか?
けれど、もう失くせない。
今度『彼』を失ってしまったら、その時こそ自分がどうなってしまうか見当もつかない。
少し考えただけでもこれほど疑問符が浮かぶのだから、勘違いでもなんでもなく、「余裕」などないのだろう。
そんな、堂々巡りともいえるささやかな胸の痛みに我に返ったユウナは、誰にも知られないように小さく苦笑した。
時間があれば、そんなことばかり考えている自分が、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
もう耳に馴染んでしまった飛空艇の機械音に目を瞑った。そんな最愛の彼はといえば、ここ最近なにやら分厚い書物をパインから借り受けて読書に没頭していた。
重たそうな本を大事そうに抱え、暇さえあれば読みふけっているその姿に『何の本?』と尋ねたが、青の瞳を嬉しそうに細めて『ナイショ』と返されて以来、あえてしつこくは聞かないことにした。ユウナにとって、彼が『何を読んでいるのか』ということよりも、そんな彼の様子を眺めていられることの方が幸せで、大切なことだったのだから。
そして今日もまた、愛しい人は朝からパインを捕まえて自分の部屋に引っ張り込み、あれやこれやと講義を受けているらしい。
時間的に予想できるのは、そのしつこさから辟易したパインがもうすぐマスターのお茶を飲みに現れる頃だ。
果たして、その予想は外れることはなく、想像したそのままの顔で共同居住区へ現れたパインが、ユウナの姿を認めて猛烈な勢いで歩いてきた。
その背後からはもちろん、勉強熱心な生徒たるティーダの追随もあるわけで、この光景は最近のセルシウス名物になりつつあった。「なーなーパイン先生、これってさ、どういうこと?」
「いい加減、その『先生』はやめろ。」
わからないことがあれば分厚い本を片手に『先生』の下へ走る。
ユウナは笑顔で愛しい人のその姿を眺めながら、2年前の旅の折にも、わからないことがあればすぐさまルールーの下へ走り、理解できるまでしつこく聞いていたな、と思い出し 声を殺して小さく笑った。
たまにしつこすぎて怒られていたっけ、などと思い出に耽るユウナの耳へ、パインの呆れたような声が滑り込んでくる。「あー!もう!後はユウナに聞け!当事者なんだから!」
「そうだけどさー!あ!行っちゃうッスか?!パインってば!!」
すれ違いざまパインに『愛されてるな』と呆れた口調で言われたけれど、ユウナには何のことやらさっぱり意味がわからない。
さっさと居住区を出て行ってしまった美貌の剣士を見送って、ユウナはくるりとティーダのほうへ身体を向けた。「・・・当事者って、なに?」
好奇心に輝くオッドアイを困ったように見つめ返したティーダが、盛大にため息をついた。
「うーん。ユウナ、ひかない?」
「?」
「はい、これ見てくださいっ」
思い切ったように手渡された最近の彼の愛読書に、ユウナは躊躇いながらも目を通す。
開かれたその場所は、言うなれば『女性の身体について』事細かに記載された医学書のようなもので、こうなったら、と開き直って告白を開始したティーダは『愛する少女の身体について勉強していた』というのだ。「・・・・なっ・・・・んで?」
思いがけない告白に耳まで赤く染めたユウナがやっとの思いで言の葉を紡ぎだす。
「う〜ん。だってさ、オレ、ユウナにいろんなコトするし、我慢しろーとか言われても無理だし」
ティーダはぶつぶつといい訳めいた理由を呟きながら、棒立ちになっているユウナの手を取りすたすたと歩き出した。
「オレさ、男だし、わからないだろ?女の子のいろんなコトってさ。」
臆面もなく繰り出される言葉は、ユウナにとっては恥ずかしいものだったけれど、その裏にあるのはただただ、大切な人を思っての行動だと理解するからこそ強くも出られない。
「し、知らなくても・・・い、かも・・・」
やっとのことで搾り出された言葉も、ユウナの自室の扉を開く音にかき消された。
恥ずかしさからティーダの顔をまともに見ることが出来ないユウナは、彼の広い胸へ抱き寄せられ、顔を埋め頭上から降る心地よい彼の声に耳を傾けるので精一杯。
「知らなきゃ駄目ッス!つか、オレは知りたかったの!」
「きゃあ?!」
『どうして?』と尋ねる前に勢い良く抱き上げられたユウナは、あっという間にベッドへ運ばれ、白い波に縫いとめられてしまった。
手にしていた大切な本はさっさと取り上げられ、かわりに降ってくるのは熱のこもったキスの嵐。「・・・ん!ふぅ・・・ん!」
「オレ、ユウナにこんなコトばっかりしたいわけよ。けどさ、女の子の身体のこと、ちゃんとわかってないと駄目だと思うんだ。オレ男だし」
ティーダはするすると胸元へ唇を滑らせながら、素晴らしい自論を展開するが、今のユウナはそれをキチンと理解させてもらえる状況でもないわけで・・・。
「や、あん!」
「でもさ、本でもわからないことあるんスよね?」
困ったような瞳を覗かせたティーダに、ユウナは視線だけで『何?』と問いかける。
「ユウナさ、どこが気持ちいいか教えてくれる?今」
臆面もなくそう言って楽しそうに微笑む恋人に、ユウナの小さな講義の声が届いたかどうかは確かめる術はなかったのだけれど。
fin