変わったこと

 

試合を直前に控えて、ビリビリとした緊張感に身を委ねる。

誰にも会いたくないし、話もしたくない。

時間が迫れば迫るほど脈拍は速くなり、ただひたすらに孤独を選び、神経を研ぎ澄ませていた。

それが、エースと呼ばれていた自分の精神を集中させる為の儀式だと・・・そう、思っていた。

 

「ね?ティーダ?あの、えと、も、もうすぐ試合・・・」

耳元で聞こえる少しだけ困ったようなユウナの声にティーダは『もうちょっとだけ』と呟いて、細い身体を抱きしめている腕に力を込める。

「も、もうちょっと?」

「うん。もうちょっと」

ビサイド・オーラカの控え室には他のメンバーの姿はなく、今はティーダとユウナ2人きりだ。
もう15分もすればオーラカ対ゴワーズ因縁の対決と相成り、スフィアプールから聞こえてくる歓声は熱気に溢れ、きっちりと閉鎖されている控え室にもその声が嫌というほど届いてきている。

それなのに、ビサイド・オーラカのエース殿は愛しい少女の身体を抱きしめたまま一向に動こうとしない。

「充電してるから」

ティーダの独り言ともとれるような呟きにユウナはただ黙って彼の身体を抱きしめる他なく、それでも内心ではいつワッカが控え室に飛び込んで来るだろうかとヒヤヒヤしているのも事実であった。

「充電、できてる?」

腰に巻きついた腕は離れる気配もなく、肩に乗せられたティーダの頭にユウナは頬を摺り寄せるようにして尋ねた。

「出来てる、出来てる。」

少しだけ悪戯っぽい口調の返事に、『充電』の時間が十分とれたことを感じて少しだけ安堵した。

こうして『充電』と称し、試合開始ギリギリまでユウナを抱きしめ離さないのは今に始まったことではなく、すでに決まり事のようにもなっていた。
今ではワッカをはじめとするオーラカのメンバーも心得たもので、このティーダの『充電時間』を見計らって控え室からいなくなってしまう。
最初の頃こそ、ユウナにとってその『暗黙の了解』が恥ずかしく、どうにかならないものかと思いもしたが、試合に臨む際の精神統一の一種なのだとワッカに説明されて以来、何も言わず温もりを与え続けていた。

なにより、ティーダと抱き合うこと自体『嫌な行為』であるはずもなく、ただ自分が『恥ずかしい』と思いさえしなければなんて事はない。

「ユウナ、あと何分?」

「あと・・・10分、かな?」

試合開始までの短い時間。

「そろそろッスねぇ」

「今日もがんばって」

「うっす!」

ガッチリと拘束していた両腕が解かれ、名残惜しげにゆっくりと離れる。

『充電』の完了した『太陽』の笑顔は力に満ち溢れていて、今日の活躍も期待出来そうなどと密やかに思う。

いつも通りドアを開けて出て行くティーダの背中を見送るユウナの色違いの瞳に飛び込んできたのは、振り返り少しだけはにかんで笑う恋人の顔。

「オレ、ユウナに会うまで自分がこんなに人肌恋しい人間だと思わなかったッス」

「そう?私はキミがそういう人だって、知ってたよ?」

するり、と切り替えされて少しだけ驚いたような顔をしたティーダは、すぐに幸せそうに笑み崩れて『いってきます』と出て行った。

 

笑顔と共に愛しい人を『いってらっしゃい』と送り出す、この瞬間がたまらなく幸せだと 毎回そう思っている自分がいることに彼は気がついているだろうか?

寂しがりだけど、がんばりやさんで、泣き虫はまだ少しだけ残ってて、それから甘えんぼ。

他の人は水の中であんなにかっこよく活躍してる彼しか知らない。

それでも、羨望の眼差しは数え切れず。

恋する瞳でティーダを見つめる可愛い女の子がたくさんいるのも事実。

こんなに自分中心の人間だったなんて、それこそ知らなかったとユウナは密かに心の中で呟き小さく笑った。

今度は

今度はね

私が充電する番だから。

声にはしない。

今だけ。

ブリッツボールをしている『今』だけは、『彼』を皆に貸してあげる。

偉そうにもそう思って。

欲張りになりすぎている自分のその変化に、戸惑いながらも賞賛の気持ちさえ捧げて。

 

「ねぇ?キミの方こそ、私がこんなにやきもち焼きだって・・・知ってくれてる?」

 

幸せそうな微笑と共に零れ出た呟きは、直接ティーダには届かないのだけれど―――。

fin

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