イナミ

 

「なんか、今でも不思議な感じッスよ」

朝焼けの色に染まるビサイドの海岸で、ごろりと横になったままのティーダが呟いた。

「なにが不思議なの?」

ティーダの隣にちょこんと座ったユウナが優しく微笑んで問いかけると、寝転がった体勢はそのままに小さくため息をつくと、少しだけ情けない顔でこちらを見つめ返し苦笑する。

「うーん。全部って言えば、全部。」

シンを倒し、永遠のナギ節が訪れてからもう3年近く経っているという事。
『あの時』空の青へと溶けて消えたはずの身体が、その長き時を経てユウナの許へと還ってきたのは昨日のことなのだ。
彼と、ユウナの帰還を祝った祭りは明け方まで続き、その宴をこっそりと抜け出した2人は、眠らないまま朝を迎えた。

「そうそう、いきなりワッカが親父になってるしさ」

起き上がり、ユウナに寄り添うようにして座りなおすと、愛しい少女を覗き込んで子供のように笑う。

ワッカが息子へつけた名前は『イナミ』

アルベド語で『未来』

エボンの教えを第一に生活してきたワッカは、その教義が禁止するところの『マキナ』を操るアルベド族を嫌悪していた時期があった。それはワッカだけのことではなく、エボンの教えの元に暮らすものは等しくそうであったといっても過言ではないだろう。
小さな頃から教えられたそれは根深く、なかなか受け入れられなかったのも事実。
それが、『以前の旅』が進むうちに少しずつ氷解してゆき、今では我が子の名前にと思えるようなっていたのだ。
それは、根底から覆されたエボンに対する想いもあったのかもしれない。
だけど、結局は自分にしろアルベドにしろ、スピラに住んでいる仲間なのだから−−−−ワッカがそういう風に変わるまでの過程は、ティーダもよく知っていたから尚更嬉しかったのだけれど。

しかし、だ。

自分の中では長いのか短いのかいまいちハッキリとしない時間軸の中、突然ユウナの許へ還れたかと思ったら、旧知の人は『父親』になっていて、さらにその相手というのが予想もしていなかった展開で二の句がつけなかったのも事実。

「ルールー、だもんな」

「びっくりした?」

「びっくりしたなんてもんじゃなかったッスよ」

楽しげに笑うユウナをちらりと見る。

自分がいない間に起こった目の前の愛しい少女の劇的なまでの変貌ぶりにもだいぶ驚かされたが、それは決して嫌なものではなく、むしろ『あの頃』よりも、彼女を愛しいと思う。

「あー。でも、ルールー綺麗だったんだろうなあ」

「え?なにが?」

「何って・・・ウェディングドレス・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。」

まさにたった今、その事実に気がついたと言わんばかりのユウナへ、わけがわからないティーダは慌てて彼女の顔を覗き込んだ。
ユウナは半ば放心したように

「・・・・ないよ」

と呟いたきり押し黙る。

「はい?」

「ルールー・・・着てないの・・・ドレス」

驚愕の事実だった。
ティーダのしてみれば、『エボン』だの『教え』だの『戒律』だのと口やかましく言っていた男が、『結婚』という『儀式』を遂行していないと言うのだ。
まだ信じられないという顔つきでティーダが再度確認をする。

「ワッカ・・・ホントに結婚式やってないんスか?」

「ううん・・・した・・・と、思う・・・。一応・・・」

「一応?」

そう。
したのだ・・・一応。
ある日突然村中の人を広場へと集めたかと思うと、皆の前で2人で並び、『俺たち一緒になるわ』と一言、それも大テレに照れて言っただけだ。
その後なだれ込む様に宴会になってしまい、ユウナもなんとなくそのムードに流されてそれっきり。

「なんすか!それ!!」

腹を抱えて大爆笑しているティーダを見て、自分でも納得してしまったマヌケさに思わずつられて笑ってしまう。

そうだ。

あの美貌の魔導士がウェディングドレスに身を包んだら、どんなに綺麗だろう・・・・・?

そう思った瞬間、ユウナの中である一つの考えがむくり、と頭をもたげる。
いまだ笑い続けている恋人の腕に抱きつくと、悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込み、

「ねえ!しようか、結婚式!」

「えええええっ?!」

「言っておくけど、ワッカさんとルールーのだよ?」

「・・・・・・・・あ、そっか」

腕に抱きついたまま、慌てているティーダへ苦笑する。
そんな明らかに動揺している恋人の鼻を軽くつまむと、ユウナは『作戦』を練るべく耳元へ唇を寄せていった。

 

 

 

恋人たちの密談から2日−−−−−。

今や共犯者は当事者以外すべて、という状況になり決行の時を待っていた。
イナミが産まれて間もないということもあり、思慮深く細やかであるところのルールーも、そこかしこで隠密裏に進められている計画には気がついていないようだ。
ワッカに至っては範疇外で、ティーダがボール片手に走り出せば、嬉しそうに追いかけて行ってしまう。
この2人をビックリさせたいがために、二手に別れて行動を起こすことに決め、ミッションが遂行されていた。

「ルールー?今ちょっといいかな・・・?」

やけに大きな包みを抱えたユウナと、白い花ばかり集めた花束を両手に持ったリュックが訪ねてきた。

「あら、どうしたの?やけに大荷物じゃない?」

昔から変わらない、静かだけれど優しい微笑をたたえてユウナたちを招き入れる。

「イナミ〜〜〜!」

入るなりイナミへ飛びつくリュックを尻目に2人の後方へ目を配ったルールーに「今日はパインがいないのね」と言われ、内心ひやりとする。
パインは今頃飛空挺で、ティーダにつかまったワッカを『製作中』のはずだ。

ユウナはルールーの目の前に座り込むと上目遣いに彼女を見上げ、おずおずと『やけに大荷物』を差し出した。
「あのね・・・?お願いがあるんだけど・・・・」

 

 

 

 

「ワ〜〜〜〜〜ッカ!もう!しっかりしなよー、おとおさんなんだから〜〜!!」

照りつける太陽が姿を消し、代わって星が瞬きだす頃には 慣れないアルコールにすっかりゴキゲンになってしまったリュックにさんざんからまれ、さらに着慣れない正装にガッチガチになったワッカが困り果てて泣きそうな顔で座っていた。
そのワッカを囲むようにして村人たちが集い、仕切りなおしの結婚式を楽しんでいるのだが、当の本人は一向に楽しめないでいるらしい。

その様子を少し離れた場所から見ていたルールーが、隣に立つユウナへ呆れたように囁いた。

「ユウナ・・・そろそろリュックを止めた方がいいんじゃないの?」

この場合『行動』よりも『酒』のことを言っているのであろう美しい花嫁に、ユウナは笑いながら「いいの。今日はお祝いっすよ?」
と言い切る。
その答えに呆れながら、額へ手を当てる『いつものポーズ』をとるルールーへユウナは嬉しそうに微笑んで

「とっても綺麗」

とだけ伝えた。

あの『作戦会議』の後、大急ぎでルカへ飛んで調達してきたドレスは、胸元が大きく開いたデザインこそいつもの服と変わらないけれど、なにも装飾されていないシンプルなデザインのそれは、まるであつらえたかのようにルールーに似合っていた。
リュックが大騒ぎしてセットした髪には、やはり白い花が飾られ、美しさを際立たせ、見るもの皆を黙らせたほどだ。

「・・・ありがとう」

ふわりと微笑むルールーからは、母となった自愛も感じられる。
そんな姉代わりとも呼べる愛しい人の、こんな美しい姿を見られるなんて、とユウナは幸せな気持ちでいっぱいになった。

「イナミ、寝たッスよ」

背後に立つ家の中から、ティーダがいつもよりも幾分声のトーンを落として報告に来た。

「お。初仕事お疲れ様」

「大変だったでしょう?」

式の間の子守をかって出たティーダへ、ルールーがねぎらいの言葉をかけると、

「いや、予行練習になって良かったッス」

と、臆面もなく言ってのける。
発言した本人よりも、なぜかユウナのほうが赤くなって慌ててルールーの背中を押すと、取り繕うように笑って宴の輪を指差した。

「ほら!!ルールー主役なんだから!!ワッカさんの隣に行って!!イナミちゃんは私たちで見てるし・・・っあの!ダチさんがスフィアで撮ってくれるって、ね?!」

向こうで揺れる炎に照らされてそう見えるのではない赤い顔のユウナに苦笑すると、優しい姉はその言葉に従った。

 

 

「もうっ『予行練習』って何ッすか?!」

横目でちらり、とティーダを見てユウナがその場へ座り込む。
2人の周囲はイナミが寝ているということもあって誰も近寄らない。
ティーダもユウナの隣へ座り、嬉しそうに笑うと『そのままッスよ』と返してきた。

そう遠くはない場所で並ぶ新郎と新婦。

その光景を幸せそうに見つめていたティーダが、ぽつりと呟いた。

「ユウナも、着たい?」

「・・・え?」

突然の問いかけに言葉が出ない。
横に座る彼の顔は、先刻までの楽しげな表情は消え、真摯な眼差しでユウナを見つめている。
視線が合ったとたん飛び上がる心臓に、どうしていいのかわからずに俯いてしまうことしかできない。

「ユウナ?」

問いかける声は相変わらず優しいけれど、真剣なそれは消えてはいない。

どうしよう・・・。

言っても、いいのかな・・・?

少しの逡巡の後、おずおずと視線を上げたユウナはやっとの思いで言葉を紡ぐ。

「・・・着たい・・・」

「うん。オレも、着せたい」

間髪おかずに答えたティーダは、少しだけ不安げに揺れる色違いの瞳を捕らえて優しく微笑むと、そっとユウナに口づけた。

白く華奢なユウナの身体を抱きしめて、栗色の髪へ顔を埋めるとティーダは小さく笑う。

「いつか、オレのために着てくれる?」

「いつかって・・・そんなに先なの?」

おそらく照れているであろう顔を上げない恋人に、愛しさがこみあげてくる。

「お。なんだったら今すぐだって、いいッスよ?」

今度は視線を合わせて、2人だけで幸せそうに笑った。

 

『いつか』だけれど、そう遠くはない『未来』−−−−−。
恋人たちの小さな約束を聞いていたのは、瞬く星と生まれたばかりの『イナミ』だった。

fin   

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