嬉しくて、嬉しくて、飲んで飲んで飲み倒して、ルールーに『風邪をひくから』と怒られて宿舎のベッドまで這って行ったまでは憶えているけれど、一体何がそんなに嬉しかったのか?

朝が来て、目を開いたそこにはいつものユウナの笑顔があるかもしれない。

『アレ』が都合のいい夢だったら、1週間はゆうに落ち込んでしまう。

だから、お願い。
どうか、どうか、現実の彼でありますように。

 

 

This Love

 

 

「チィはちゃんと食べてるかあ?!」

ビサイドでは昼間からずっと、お祭り騒ぎが続いていた。
その様子を少しだけ離れた場所に座り込み、やや気の抜けたような顔で眺めている青年のもとへ大皿にたくさんの料理を乗せたリュックが近づいてきた。

「もう腹いっぱいッス」

苦笑まじりにお腹をさすってみせる青年が、この『お祭り騒ぎ』の原因といっても過言ではない。

『永遠のナギ節』をユウナとともにスピラへもたらし、忽然と姿を消した『伝説のガード』その人だ。ユウナの運命を変え、祈り子たちを救い、嘘をつきとおして空へと溶けていった太陽の化身が、今日2年以上もの時を経て、ビサイドの海へ降り立った。
否、正確には『そこに居た』と言うべきだろう。
ナギ節が訪れたというのに未だゴタゴタ続きだった日々が、ようやく終わりを告げかけたかと思えば今度はこのお祭り騒ぎ。
きっと、この大騒ぎはゆくゆくはスピラ中をも巻き込んでいくのだろう。

オーラカのメンバーと大騒ぎしているワッカを嬉しそうに見つめている青年へ、リュックは改めて『ティーダ』と呼びかけた。
すぐにこちらへ向けられた青の瞳は、記憶の中の彼そのままで、そのまますぎるから思わず彼の頬を思いっきり抓りあげたい衝動に駆られてしまう。

「ワッカってばチィに、ものすっごく食べさせてたよね」

「・・・リュックさ、それ知ってて『食べてるかあ?!』は、ないんじゃない?」

「むふふ〜」

どかり、とティーダの隣に座り込んで料理に手をつけた。
突然の祝い事だったけれど、村中の人たちが持ち寄ってくれたご馳走はどれもこれも美味しくて、先刻まで、それはそれは、ものすごい勢いでこれらを食べさせられていたティーダを思い出して可笑しくなった。
ワッカの不器用で、それでいて直球の優しさが痛いほどわかってしまうから。

もし、この瞬間にティーダが消えてしまったら・・・。
もし、今目の前にいる彼が『夢』だったら・・・。

きっと、『食べさせる』ことで安心したかったのだと、そう思う。
ワッカは単純だから。

そんなこと考えているとはおくびにも出さずに、食べ続けた。
美味しいのだけれど、今は味などわからない。

隣に座るティーダは、目の前で繰り広げられている光景を、懐かしげに、そして眩しげに見続けている。

『良かった』・・・心からそう思った。

こんなささやかな時間でも。

『前の旅』の時も『今回の旅』の時も、愛すべき従兄妹の幸せを願わずにはいられなかった。

願って、祈って、それでも自分にはそれ以外に何も出来ない現実を、嫌というほど思い知らされながら、それでも『幸せに』と強く願った。

『もう、忘れようよ』

『やめちゃいなよ』

ビサイドの海に向かって、毎日指笛を吹くユウナに、何度そう言いたかったかしれない。

彼女のことだから、そう出来るなら、とっくにそうしてる。
それをしないのは、ユウナが、今でもティーダのことを想っていて、諦めていないのがわかりすぎるくらいにわかるから。

ユウナが信じるなら、自分も信じる。

ユウナが諦めないなら、自分も諦めない。

なにも出来はしないのだけれど、彼女の想い人が過去そうだったように、信じることも諦めない事もとにかく実行し続けたかった。

もう一度、彼に逢えたら。

そんな願いが現実になった今、やるべきことが唯一つある事に気がついた。

「あのさ、言いたいこと あんだよね」

「えっ?なにッスか?!」

唐突な投げかけに一瞬ビックリして慌てているティーダを ちら と一瞥し、手にしていた食べ物を皿に戻す。

これだけは、何としてでも言ってやりたかった一言だ。

 

「ユウナん、ものすごく泣いたんだからね」

 

多分、ティーダにとっては一番痛いはず。

やるせない表情でひざを抱えて、ぽつりと「うん」とだけ返してきた。

だけど、まだまだ許せない。

「独りで、すっごくがんばってきたんだからね」

あの2年という長い月日を。

「ずっとずっと、チイのことだけ、好きだったんだからね」

幾度となく浜辺できいた指笛に。

「・・・・・・うん。」

ティーダのほうは見ない。

向こうで大騒ぎしているワッカを見つめたまま。

「なんだかさ、自分1人でものすごいかっこつけちゃってさ、バッカじゃん。もうやめてよね、ああいうの」

『諦めない』と、ユウナに言った分だけ彼にも言ってあげたかった。
そんな時間もくれなかった。

「・・・・・・うん。」

胸が、痛くなる。
人知れず泣いているユウナを見守りながら、わが身の不甲斐なさに自分も泣いたのだ。
もしも、アイツが還って来るようなことがあれば、一言 言ってやらなければ気がすまない。
そんな風に想い続けることで、念仏のように繰り返すことで、彼女の背中を見つめる己を奮い立たせてきたのだから。

だって、ユウナはなにも言わない。

過去も、今も、きっと言わない。

『ユウナの代わりに』なんて、おこがましいとは思うけれど、だけど、やっぱり、この『事実』だけは嫌でも何でもキッチリ叩きつけておくべきだと 強く決心する。

「ユウナんには、ティーダしかいないんだからね。・・・過去も、今も、1000年経ったとしても」

「リュック・・・」

「もう、どこにも行くなよってコトだよ!」

 

ずっと視線を合わさずにいたけれど、そこでようやくティーダの瞳を捕らえた。
『約束』を連呼していた彼は、最期になって何も残してくれずに消えてしまったから。

だから、ここで、『約束』を――――。

 

「大丈夫・・・もう、ユウナと離れたりなんかしない」  

一瞬の静寂。

ワッカの声も、村人達の声も、なにもかも聞こえなかった。
静かに瞬く星だけが、小さいけれど強い決意を見守っている。
次の瞬間「ふう!」と大きなため息を漏らすと、それが合図であったかのように先ほどまでの喧騒が二人の周りに戻ってきた。

立ち上がり、大きく伸びをして真剣な顔のままティーダに尋ねた。

「ねえ」

「な、なにッスか?まだなにか・・・」

戦々恐々と言わんばかりのティーダの顔を覗き込んで、

「ユウナん、どこよ?」

こんな話は、ユウナがいたら出来なかったのだけれども、それでも彼の隣にいて当然の存在が一向に見当たらない、という事実に今更気がつく。
ティーダは、ぷ。と吹き出して、少しだけ諦め口調で宿舎方面を指差し、

「あっちで捕まってる」

「もーーーー!しょうがないなあ!おたすけ屋リュック出動ー!」

今にもものすごい勢いで駆け出していきそうな背中に、ティーダが慌てて声をかけた。

「リュック!」

「なにー?」

「ありがとうな!!」

ふふん、と鼻を鳴らして腰に両手をあててふんぞり返るポーズをして見せると、目指すユウナに向かって駆け出していく。

『ごめん』なんて言おうものなら1発ケリでもお見舞いしてやろうかと思っていた。

『当然の結末だ』そう言いきってしまえばなんて簡単な奇跡なのだろう。

それでも。

ビサイドの村の中央で赤々と燃える炎に照らされて輝く黄金の髪が。

それでも。

泣いているのか笑っているのか今ひとつわからないワッカの大きな声に混じって聞こえてくる、『あの時』と何一つ変わらぬ陽気な声が。

嬉しくて。

嬉しくて。

がんばりやさんで我慢ばかりしていた大切な従兄妹の笑顔が嬉しくて。

最期まで、大きな嘘をつき通していなくなってしまった大好きな彼の笑顔が嬉しくて。

 

そして、思う。

やっぱり『当然の結末』だったのだと。

 

 

 

「リュ〜〜〜〜ック!!いい加減起きるッスよ!」

「はえ?!」

夢の中で見たそのままの笑顔が目の前で笑っていることに奇妙な違和感さえ覚えつつ、名前を呼ばれた少女が翠の瞳をこれでもかといわんばかりに大きく見開いた。

「もう昼もだいぶまわってるッスよ〜?皆起きてワッカの家で待ってるから!」

陽気な声はあっという間に宿舎の外へ移動して、取り残されたのは完璧に二日酔いの頭を抱えた自分のみだということを確認すると、リュックはゆっくりとした動作で甘い誘惑を続けるベッドからもそもそと起き上がった。

「・・・そっか。昨日、アイツ・・・帰ってきたんだっけ・・・」

リュックは小さく笑いながら、今更な再確認をするように呟き戸外へ足を踏み出した。

「うひゃぁ〜〜〜っ太陽きいろーい!!」

南国特有の強い日差しに思わずギュッと目を瞑りかけたが、慌ててその動作を静止した。

ダメ。

目を瞑って開いた先に今までの奇跡が飛んでなくなったらどうしよう。

ありもしないそんな思いに駆られて、一生懸命見開かれた瞳をワッカの家へ向けるとそこには少しだけ首をかしげて、優しく微笑むユウナがいて・・・。

「リュック、おはよ・・・だいじょぶ?」

「飲みすぎは身体に悪いッスよ〜?」

ユウナの隣にはおどけて笑うティーダがいて。

 

 

ぽろり。

 

 

右頬を伝って落ちたのは、ここ2年ほど我慢してきたしょっぱい水。

「リュ・・・リュック?!」

「なんで泣くんスかー?!おーい?!」

 

おーいじゃないよ

なんでじゃないよ

良かった

良かった

やっぱり夢なんかじゃなくって良かった

ゆうべキッチリ文句は言ったけど

あれはユウナんの気持ちを言っただけで、あたしの分は入ってなかったんだからね

 

 

「もう勝手にどっかに消えるなー!!ばかー!!」

 

 

もう一度逢えたのが嬉しくて

ユウナんが笑ってるのが嬉しくて

もう、彼女が泣かなくてもいいのだと安心したら腹が立って

文句を言ったら安心しちゃって

 

 

だけど。

落ち着いたら、涙が出てきて『ああ、泣きたいくらいに嬉しかったのか』とも思ったりして。

「ごめんって!」

「リュック?!」

この際だから、うわんうわん泣いてやるんだ。

ユウナんが振り返った時にはいつでも笑顔でいようとがんばったご褒美だもん。

この2人を困らせるんだ。

この2人にいっぱい慰めてもらうんだ。

大好きな大好きな2人に、いっぱいいっぱい甘えて。

「幸せになれー!!ばかー!!」

困りきった顔の2人にしがみついて、ぐしゃぐしゃの顔でビサイドの空に向かって叫んだら、いつのまにかたくさんの笑い声がまわりに響いていて・・・つられて少しだけ笑った。

fin

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