穏やかな毎日

 

「え〜〜〜っと、今日の予定は昼までだからさ、出来たら待ってて欲しいな、昼飯」

毎朝、こうして今日一日の予定を伝えてくれる優しい恋人が、ちょっとだけ甘えたように笑った。

集合時間ギリギリまで粘るから、いつも大慌てでプロテクターを着けてるよねって言ったら、『ユウナといる時間の方が優先順位は上』ってアッサリと言われて、嬉しかったけどこそばゆくて少しだけ返事が遅くなった。
ワッカさんが聞いたら怒りながら泣いちゃうかもよ?って誤魔化したけど、嬉しい気持ちは緩んだ顔で伝わってしまっているだろう。

「そんじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい。怪我しないようにね?」

毎朝交わされる挨拶。

笑顔で見送るこの瞬間が好きだと思う。

ビサイドに帰ってきた彼と一緒に暮らすようになって、こうして毎朝見送ってる自分がいる。

なんだか不思議だ。

もう、誰も好きになんてならないって思っていた。

彼のことを、ずっと忘れないって誓った。

もう、2度と逢えないかもしれないって・・・そう、覚悟した時もあった。

でも、今は違う。

手繰り寄せた先に彼がいて、その手を必死に掴んで、抱きしめて、こうやって笑顔で『いってらっしゃい』って言える日々がある。

『あの時』見送ったキミの背中とは違う、彼。

無意識なのだろうか?

それとも、心配性な彼が努めて『そう』してくれている?

出掛ける時には必ず『今日の予定』と『帰ってくる時間』を言い置いてから出て行くのは、一度『終わって』いるからだろうか。

 

『いってきます』

『いってらっしゃい』

 

もしも『あの時』彼がそう言っても、笑顔で見送れなかったとも思う。
約束を残して消えた彼を、怨んでしまったかもしれない。そして今、こんなに素直に笑顔で言えただろうか。

彼はなんでもお見通しだから、もしかしたら自分がこんな風に考えてる時があるということも知ってるのかもしれない。

知ってるから、安心させようとしている?

そんなに心配しなくてもユウナさんは強くなったんですよ?と言ったらどんな顔をするだろう。でも、彼が必ず言ってくれる『今日の予定』は、次の瞬間の幸せも約束してくれるんだってわかっているから考えても詮無い事に頭を使う必要もない。

待っている間は、こうやって『彼の定位置』であるところのソファーに座って本を読んだり、洗濯物をたたんだり。
そんなささやかだけれど、夢に見ることも禁じてた穏やかな日々だけがある。

2人がけの白いソファー。

絶対にここに置くんだって嬉しそうに言った彼の顔を今でも覚えている。

すぐ傍にある窓からビサイドの海が広がって、入り込んでくる風も気持ちがいい。ワッカ達が用意してくれたこの船の家は想像以上に快適で、潮の香りに、さざなみに、そのすべてが幸せ色に染まっているかのようだ。
彼がそうするようにごろりと横になれば、降り注ぐ日差しに自然と目を閉じ夢の世界に跳んで生きたい衝動に駆られる。

あ、もしかして、お昼寝専用?

それもなんだか彼らしい。そう思うと自然に笑みがこぼれてしまう。

さあ!

今日もキミの好きなものばかりをテーブルに並べよう。

お昼ごはんは何にしようかな。

そうだ、チーズがあったからアレにしよう、アレ。

カルボナーラ。

今日こそはキミより上手に作ってビックリさせるんだもんね。

・・・どうしてもカルボナーラだけはキミに勝てた例がないから。

帰ってきて、食卓を見て嬉しそうに笑うキミが好き。

お洗濯も、お掃除も、こんなに幸せな事とは思わなかった。

全部全部、キミがいてくれるから。

生きて過ごす日々がこんなにも楽しいって言ったら、大袈裟だって笑うかな?

『ただいま!』って走って帰ってきてくれるキミに、『おかえり!』って笑顔で言うよ。

そして幸せそうに笑ってね?

今日も食卓の上はキミが好きなもので溢れてる。

fin

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