抱きしめたい

 

「・・・ごめん」

突然降り出した雨の中を走って帰ってきたのであろう恋人の開口一番のその一言に、ユウナはタオルを手にしたまま固まってしまった。

ごめん?

確かにぐしょぬれで帰ってきたことに対しては少々心配では、ある。

なにしろブリッツボールのトーナメントが始まったばかりなのだ。
風邪などひいてしまったら、それはもう一大事。
ぶっちゃけて言えば、『彼が風邪をひくのが嫌』というユウナ個人の想いは試合に関してのものではないにしろ、各方面にとっても非常に都合が悪いこととなること請け合いなのだ。

「ティー・・・」

「にゃあ」

一体何が『ごめん』なのかを尋ねようとした矢先、恋人が抱えるように衣服を胸元へ合わせていたその隙間から、愛らしい声と共に小さな白い猫が顔を出した。

「もうさ、ミーティングの間中どっかでず〜〜〜〜〜っと鳴いてるんだよ、コイツ・・・」

驚いているユウナへ言い訳をするようになんとも情けない笑顔でそう言ったティーダは、ずぶ濡れの自分よりも先に子猫の身体をタオルでくるむ。
黄金の髪から水滴をぽたぽたと落とす姿を見て、ようやく我に返ったユウナが慌ててティーダへ駆け寄った。

「こ、この子は私が拭くから、キミは先にシャワー浴びて!!」

えっ?とか、でも・・・とか言いかける青年の身体を半ば無理矢理シャワールームへ押し込んだユウナは、真っ白いタオルの中でちんまりと座っている子猫を見て、苦笑まじりに小さなため息をつくと優しい手つきで濡れそぼっている毛皮を拭いにかかったのだった。

 

 

「最初はさ、どこかに母親がいるもんだとばっかり思ってたんスよ」

入れたてのコーヒーを片手に大きなソファーへ腰掛けたティーダがおもむろに語りだした。
ユウナも子猫を抱えてその隣へ座り恋人の話へ耳を傾ける。

トーナメントも始まり、明日の試合へ向けてミーティングをするべくビサイド・オーラカの控え室へやってきたティーダだったが、部屋へ入る前も、入ってからも、そして少々長すぎる作戦会議が終わった後も、小さな小さな鳴き声が聞こえ続けていたのだと言う。

その声は最初こそ元気だったものの、時間が立つにつれて掠れたものになり、ティーダにしてみれば、どうか早く誰かが手を差し伸べてはくれないだろうかと気が気でなかったのだ。
いっそのこと自分が、とも思ったがビサイドの家ならばいざ知らず、ここはルカで、さらに住まいは提携しているホテルときている。
いくら可哀相だったからとはいえ、一応大人で社会人でもある自分が状況判断そっちのけでしていいことでもないだろう。
それでも気になってしかたがなくて、警備のために立ち続けている守衛に声をかけてみたら、子猫の声は昨夜から聞こえているのだと言うではないか。

きっと何も食べていない。

いくら夏場だとはいえ、夜になったら仔猫の身ではどうなるやもわからない。

せめて控え室にでも置いてはおけないか?

悩んでいるその間にも、遠すぎず近すぎない場所からは仔猫の声が聞こえていて、それでも、無事に野良猫として生きていけそうなのならばこのままにして帰ったほうがいいとも考えたり。

「う〜〜〜〜〜っ」

大人で社会人である理性に押さえつけられ、一度はホテルを目指して歩き出した。

「にゃあ」

いつまでも耳に聞こえる小さな声がだんだん遠くなって

「・・・あ」

そして、雨が、振ってきたのだ。

 

 

「それでキミは、ずぶ濡れになるのも構わずに仔猫探しに没頭したわけだ」

幾分ユウナの言の葉に険があるのはいたしかたない。
いくら鍛えているとはいえ、ティーダだって生身の人間だ。
今日は大丈夫だとしても、次にこんなことがあって、それこそ風邪をひいてこじらせたらどうしてくれよう?
そんな不穏な考えも脳裏にチラつかせながらのユウナの指摘に、その意図を痛いくらいに汲んでいるティーダは小さな声で『ごめんなさい』と謝った。

「もう・・・」

すっかり身体も温まり、食べ物を与えられた問題の仔猫は満足気な顔でユウナの膝の上で眠っている。
白い毛皮はふわふわで、上から見たら毛糸玉が転がっているようだ。
愛らしさに目を細め、人差し指で首元を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして寝返りを打ち、ユウナの膝から転げ落ちそうになり、慌てて体勢を立て直した。

「あはは、バカだなあコイツ」

笑いながら仔猫へ手を伸ばし顔をつき合わせて喜んでいる恋人を見て、ユウナも思わずつられて笑う。

元来生き物は嫌いではないし、こんな小さな命が傍にあってもいいかな、とも思い『飼う?』と呟いたユウナに、多分同じ思いであるはずのティーダは思いがけない返事を返してきた。

「飼わないッスよ。里親見つかるまで預かるだけ。ホテルのほうにも了解取ってきたし」

そう言いながらも仔猫を撫でる手つきは愛しいと訴えているというのに

「え、どうして?私ならいいよ?」

自分への配慮がそう言わせているのなら、それはいらぬ心配だから

「違う違う。オレの問題」

ティーダは照れたように笑いながら仔猫を傍らへ降ろすと、今日帰宅して初めての抱擁をするべくユウナをそっと抱き寄せた。

 

「まだ、ね。オレの両手はユウナを抱っこするのでイッパイ イッパイなんスよ、コレが」

 

嬉しそうな声は耳元に響いて熱く

『なんだか、私甘えんぼみたいっすね・・・』

ユウナが少しだけ拗ねたように呟くと、首筋に落ちるのは愛しい人の笑い声

 

「ユウナが可愛くて仕方ないから」

ソファーの上から床へ飛び降りた仔猫がティーダの囁きを肯定するように『にゃあ』と鳴いた。

fin

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