未来へ続く道

 

「あいつ、何?」

グレートブリッジのど真ん中に座り込み、20メートルほど先を睨みつけたままそう言い放ったティーダの表情は『面白くない』と言わんばかりの脹れ面だ。

「バラライ」

そんな子供じみた態度に反応することもなく返ってきたそっけない返事は銀髪の剣士の口から発せられたもので、それ以上発展しようもない会話にティーダは更に不機嫌そうな顔をつくってみせた。

「知ってる。さっき紹介されたッス」

「だったら聞くな。ユウナだって積もる話もあるんだろ」

駄々っ子さながらの青年へ、ため息混じりに肩をすくめてそう言ったパインも、彼と同じように前方へ視線を向けた。
その、積もる話というのはまさに、今現在脹れ面で拗ねている『彼』の話であろう。
先だっての旅の折、エボンの真実が次々と浮き彫りとなり、新たに発見した施設であるアンダーベベルの探索を依頼されての今である。
未知の施設でもあるし、そうそう公にも出来ぬ存在ということもあり、探索隊にと白羽の矢が当たったのがカモメ団であったのも無理からぬ話だった。
その探索も一応終了し、結果を報告しているところへ議長であるバラライが登場したのだ。
異界の深淵から帰還して、まともに顔を合わせるのは今日が初めてとあって、今まさにその『積もる話』の真っ最中。
話の内容こそ聞こえないけれど、ティーダを紹介されたバラライの驚きようから察するに、これまでの経緯を含め、決して短くはない彼女の奇跡の話を、かいつまんで説明されているのだろうとパインは考えている。
しかし、その奇跡たる所以の『彼』にしてみれば、過去のユウナと今のユウナとの時間のギャップを埋めている作業中であるところに、見知らぬ若い男と仲良さげに話をされては、面白くないのはいたし方ないかもしれない。

そう。

この恋人達がビサイドでの再会を果たしてから、まだ2週間しか経っていないのだから。

そう思うと、このあからさまに妬いている青年の背中は滑稽だけれど好ましい。
喜怒哀楽がはっきりしていて、わかりやすく、そのわかりやすさがユウナには必要なのだと改めて思うほどだ。

「いつまでユウナとしゃべってるんだよ」

ユウナの心の大半を独り占めしている自覚が足りないティーダの、堪えきれないといった風情の一言にパインは思いがけず笑ってしまった。

「・・・なんだよ」

しかめ面のティーダがパインを睨みつけるように見上げると

「いや、案外余裕のない恋愛をしてるんだなと思ってさ」

と、さらりと返されてその後が続かない。
尚も笑い続ける美貌の剣士へ、ティーダは悔し紛れの大きなため息を投げつけると、その場にごろりと仰向けに寝転がってしまった。
道行く人々が奇異の眼差しで彼を見つめても、当の本人はお構いナシのようだ。

「あのねえ、余裕なんてあったらこんなみっともないヤキモチなんか、焼かないっつーの!」

そして『あー、かっこわりぃ』と続けて、今度はうつぶせに寝てしまった。

己の感情にひたむきで、素直なこの青年を見ていると、シューインを思い出さずにはいられなくなる。
実際、ビサイドの海で佇むティーダの内側から発せられる強い光は、シューインから感じられた夜の闇のようなそれとは違い、まさに陽光そのもので、『別人だ』とすぐに理解できた。

シューインが影ならば、ティーダは光。

いつかユウナと2人でいる時にそんな事を言った記憶がある。

ビザイドの海でワッカにしごかれているオーラカのメンバーに混じって、嬉々として練習メニューをこなすティーダを、これまた幸せそうに見つめているユウナにはあの頃感じた影は微塵もなく、陽光を一身に浴びて輝く花のようで、思わずそんな風に言ったのかもしれない。
そんな一言にやや驚いていたユウナだったが、すぐにふわりと微笑むと、再び愛しい人へ視線を戻して臆面もなくこう言った。

「私の太陽だから、いなくなったら、しんじゃうの」

その、素直すぎるとも思える答えに思わず面食らったが、ティーダが還ってきてからのユウナの変化を見ていれば、それも頷ける。
そして、彼の帰還の折リュックから掻い摘んで聞いた『あの時』のことを思えば、信じられないくらい固い絆で繋がっているであろう2人のはずなのに、目の前のこの青年は『ユウナが他の男と2人で会話している』という事実にヤキモキしているのだ。
可笑しいと思わないほうが、どうかしてる。

「バラライと、どうにかなるとでも思ってるのか?」

他人の詮索は好きじゃない。
けれど、なんとなく、この目の前で拗ねている青年の胸の内が知りたくなって尋ねてみる。

「そんなことは考えてないッスよ。ただ、おもしろくないだけ」

心の中で燻っている『ヤキモチ』という炎を吹き飛ばすかのようにティーダは勢いよく飛び起きると、20メートル先に向かってスタスタと歩き出した。

 

「おい?!」

「タイムリミット。制限時間オーバー。もう突入ッスよ」

 

振り返りもせずに右手を上げてヒラヒラと振ってみせたティーダに、パインは苦笑しぽつりと呟く。

「余裕のない恋愛なんて、この世にはないのかもな」

 

果たして、『余裕のない』恋人が『おもしろくない』顔をしてユウナを奪還したのはこのわずか3分後。

申し訳なさそうに謝りながらも、嬉しそうに連れて行かれるユウナを見つめながら バラライとパインが顔を見合わせて笑う。

「彼は、本当に『彼』ではないんだね・・・」

ぽつりと漏らしたバラライの一言を、パインは何も言わずに聞き流した。

最近まで、ある意味シューインの一番近くにいたのは、他ならぬバラライ本人だったのだから・・・・・・。

 

 

 

「じゃあ、また」

遠ざかる恋人たちの背を見つめながら、パインも一歩踏み出す。

「パイン」

「・・・・・・何?」

「また、ベベルへ来てくれるかな」

少しだけ遠慮がちなその問いかけに、パインは微かに笑ってみせた。

「言っただろ?『また』って」

そう。

今のスピラには、等しく『未来』があるのだと、輝きを増したユウナの笑顔がそう語る。

そして、それは自分たちの上にも。

fin

ty-top