赤い糸を結んで

 

「ユウナー?もうすぐビサイドに着くって・・・・何やってるんスか?」

個人用居住区にあるユウナの部屋へ目的地が近いことを知らせに来たティーダは、ベッドに座りなにやら必死で縫い物をしている彼女を不思議そうに見つめながら近寄り、その手元を覗き込んだ。

「これ、昨日ルカで買ってたやつ?」

「うん、そう・・・出来た、と・・・」

鋏で糸を切り、にっこりと笑ってこちらを向いたユウナの手には小さな子供用の帽子が一つ。
ビサイドの青空のような青い帽子のつばには白い縁取りがあり、雲を連想させてなんとも可愛らしい。
ブリッツの練習再開の知らせにビサイドへ向かう途中立ち寄ったルカで、イナミへの土産にとユウナが購入した物だったのだ。

「これ、太陽?」

今まで彼女が格闘していたであろう箇所には、小さな赤い太陽が一つ。

ユウナはその仕上がりを確かめるように細い指でなぞりながら少し照れたように微笑むと、隣へ腰掛けてきたティーダの顔を見つめ小さく呟いた。

「キミみたいなブリッツの選手になれますように、って」

「・・・オレ、太陽ッスか?」

「太陽だよ?私の」

少しだけ首をかしげてそう言うユウナのあまりの愛らしさに、ティーダは一瞬目眩を覚えたが 彼女の一言を振り返り、はたと気がつく。

「ワッカみたいに、じゃないの?」

「・・・う・・・『気持ち』は、ワッカさん?」

悪戯っぽく微笑んで ぺろりと舌を出したユウナにティーダは盛大に吹き出してしまった。
ベッドの上を転げまわり、ひとしきり笑い合った2人はそのままどちらからともなく互いの身体へ腕をまわす。

「また、毎日練習させられるんスねぇ・・・」

ふかふかの布団の上で栗色の髪へ顔を埋めながらため息混じりに呟いたティーダに、ユウナは小さく笑いながら『幸せだね』と呟いた。
そんな彼女の言動は、脈絡がなくとも実感がこもっており、ティーダの胸にするりと入り込む。

「なんスか?突然」

自分の腕の中へすっぽりと収まってしまっている愛しい少女が、今どんな顔をしているのか確かめる術のないティーダは苦笑交じりに訊ねると、その気持ちを知っているかのようにユウナがその表情を見られまいと日向の匂いのする彼の胸へ顔を摺り寄せた。

 

「ルカでね、買い物してる時にシェリンダさんと会ったの」

「うん?」

「キミの話になってね?『ユウナ様とティーダさんは赤い糸で結ばれていたんですね!!』って、言われたんだけど」

「けど?」

「でもね、違うんだよ?」

「え?」

ユウナはくすくすと笑いながら身体を起こすと、背中に回されているティーダの左腕を自分の目の前に持っていき、その小指へ先ほどまで使っていたと思われる赤い刺繍糸を きゅ、と結んだのだった。

「ユウナ?これ・・・」

「うふふ。『結ばれていた』んじゃなくてね?こうやって、私がキミに『結んだ』の」

 

『キミに結んだ』

 

目の前で華のように艶やかに笑う愛しい少女が、自分へそう伝えることが出来る様になるまで どんな気持ちで暮らしてきたのだろうか。
再会を果たして、もう1年以上も経つというのに、ふとした瞬間に出る彼女のそんな一言に胸が締め付けられる事が幾度もある。

自分の胸が痛む分には、いい。

けれど、想像するよりももっと激しく、彼女の胸は痛んだはずで、その原因のすべてはこの身にあった。それは、『すまない』という気持ちよりもむしろ『悔しい』と表したほうがわかりやすく、そして改めて思い知る。

そんな気持ちがそのまま顔に出ているのであろうティーダの頬へ、微笑をうかべたままのユウナが優しく口づけ囁いた。

「だからね?キミも、私に結んでね?」

小指を見せてはにかんで笑うユウナにティーダもつられて笑顔になり、その小さな白い手を取ると彼女の身体を再び抱き寄せる。

 

「がんじがらめに結ぶけど、いいッスか?」

「もちろん」

 

視線を合わせ、幸せそうに笑う恋人達の下へ ビサイドへ到着したという艦内放送が鳴り響いたのだった。

fin

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