だってさ、そうしたいんだからいいだろ?
お姫様抱っこ
「ユ〜ウナ?」
入浴を終え、鏡台の前で化粧水を頬に乗せているユウナの耳へ嬉しそうな声が滑り込んでくる。
「なあに?」
笑顔で振り向いた色違いの瞳に飛び込んできたのは、声以上に嬉しそうな微笑みを満面にたたえ、両手を広げている恋人の姿だ。
「こっち!」
どうやら腕の中においでと促しているらしいティーダの髪の毛からぽたりと水滴が落ちるのを目ざとく見つけたユウナは小さなため息を一つつく。
「また髪の毛、ちゃんと拭けてないっすよ?」
「拭いたッスよ」
「これは拭いたって言いません!」
ささやかな応酬。
結局はユウナが根負けして彼の髪をわさわさと拭く羽目になる。
方や風邪をひいてしまわないかと心配しながら。
方や毎日の恒例と化したその行為に幸せを感じながら。
「ユウナ、大好き」
タオルの向こう側から聞こえるティーダの告白は少しくぐもって聞こえる。
一日に何回も、繰り返し伝えても足りないのだと、呆れたように呟いた彼の顔を思い出し、ユウナはつい笑ってしまうのだ。『挨拶みたいでありがたみがない!』
と、この間リュックに注意されていたけれど、時と場所を選ばず、思いのまま伝えてくれる彼の気持ちは素直に嬉しくて、幸せだと思う。
たまに囁かれるからこそ愛の言葉は威力を発揮するのだ、と力説していた愛する従兄妹には申し訳ないけれど、彼からの愛の言葉は、それこそ『一日に何回聞いても凄まじい威力を発揮してくれる』のだから彼女の持論には当てはまらないだろう。「もう、本当に風邪ひいちゃうよ?」
「そしたらユウナが看病してくれるからいいッスよ」
鍛え方が違う、と豪語して憚らない恋人の少しだけ困ったところに苦笑しながら、それでもこの『恒例行事』がなくなるのも寂しいな、と思う自分もいる。
「はい、終わりっ」
「ありがとうございますっ」
タオルから飛び出るように現れた青い瞳はこの上もなく嬉しそうで、ユウナもつられて笑うと、その笑顔がGOサインでもあるかのように捉えた青の瞳が瞬く間に悪戯っぽい光をたたえ、
「じゃあ、改めて!はい!」
と宣言。
「え、えと、ちゃんと、自分で・・・」
仕切りなおしとばかりに大きく広げられた両手にユウナが躊躇いながら後ずさる。
「ダーメ!オレがしたいの!はい!」
「きゃあ!」
ティーダはズカズカとユウナに近寄ると、ささやかな躊躇いも作り笑顔もアッサリと無視してその身体を抱き上げ歩き出した。
「ま、毎日抱っこで連れて行ってくれなくてもいいっす〜!!」
上気した頬を両手で隠したユウナが情けない声をあげティーダに懇願した。
そうなのだ。
ティーダの髪を拭うという事の他にもう一つの『恒例行事』。
寝室までの短い道のりをティーダはユウナを『お姫様抱っこ』して連れて行くのだ。
最初の時は気恥ずかしさもあったものの、なんだか嬉しくてそのご好意を甘んじて受けたユウナだったが、こう連日嬉しそうに『運ばれて』は嬉しいのを通り越してただ、ただ、恥ずかしい。しかも、『軽い』と言ってはくれるものの、乙女心は非常に凄まじく複雑な訳で・・・。
「とうちゃーく!」
ささやかなお願いは聞き届けられず、結局はベッドの上まで運ばれてしまう。
ティーダは壊れ物でも扱うかのようにそっとユウナの身体をベッドへ横たえた後、その上に覆いかぶさり、これまで以上に甘ったるく笑み崩れ『しよっか?』と囁いた。
お姫様抱っこをされるのも恥ずかしいというのに、ここで素直に『うん』と言えるはずもないのを承知でそんなことを聞いてくるのだから性質が悪いことこの上ない。
だから、結局はいつも通り、この一言。
「・・・いじわる。」
愛らしいユウナの姿に思わず吹き出したティーダは、それでも『いつも通り』に則って幸せそうに頷いたのだった。
fin