君に、触れることが出来るのはオレだけ。

 

爪切り

 

「お先ーっ」

「はあい、どうぞ」

 頭から手折りをかぶったままのティーダがシャワールームから現れる。
 飛空艇内のユウナの一室はそれほど広くはないものの、リーダーの権限で一番広い部屋が与えられており、二人でいても窮屈さは感じない。
 心が広いとは言い切れないカモメ団のリーダーは、それでもきちんと新参者であるティーダにも「一人部屋」を与えてくれたが、夜間その部屋に彼が居た例はない。スピラへ還ってきたその日から、なんとなく、「夜はユウナの部屋で」というのが当たり前になりつつあるからだ。
 いつだったかリュックが「それならいっそ同じ部屋に住めば」と提案したことがあったが、全身全霊をかけて反対されて以降、その話は立ち消えている。
 パインに言わせると「往生際が悪いにもほどがある」だそうだ。

「私も入ってこようっと」

 着替えを胸に抱えてシャワールームへ向かうユウナに、タオルをかぶったままウロウロしていたティーダが申し訳なさそうに尋ねてきた。

「ごめん、爪切りどこに置いたかな、オレ」

 申し訳なさそうなその表情に思わず笑み崩れたユウナが、サイドボードをそっと指を差す。

「上の引き出しにしまっておきました」

「あ、ホントだ。ありがと」

 言うや否やそのままベッドへ腰掛けると、いそいそと指先を手入れする恋人の姿を見て、ユウナはふとわきあがる疑問を口にした。

「キミって、そんなに頻繁に爪を切る人だった?」

 よくよく考えても3日と空けずに爪の手入れをしているように思う。
 激しい当たりが当然の事であるブリッツボールのプレイヤーなのだから、自分も、相手も怪我をしないための配慮であるといえば、納得も出来る。

 それにしても、だ。

 そこを鑑みても尚頻繁だと感じざるを得ないほどに、ティーダは指先の手入れに余念がないのだ。

「そ、そう?」

 突然の問いかけになんだか慌てた様子のティーダを見て、ユウナはますますの確信を持って追求しだす。

「そうだよ、毎日って言っていいほど気にしてるもの」

 「うん」と答えれば済んだものを「そ、そう?」は、ない。指先に爪ヤスリを当てたまま固まってしまっているティーダを見て、可笑しくなって噴き出した。ひとしきり笑われて、バツが悪そうにしていたティーダが観念したように大きなため息をつき、そのままベッドへごろりと寝転んだ。

「ティーダ?」

 そんな様子から「明らかに言いにくい」事情を見て取ったユウナは、彼を追い詰めるべく愛らしい笑顔で覗き込んだ。
 ユウナにしてみればこんなチャンスはそうそうない。大概は困らされる方一辺倒だからだ。

「もしかして、爪きりが趣味?」

 寝転がったままの恋人の横へ腰掛けて、おどけた様子で聞いてみた。
 ティーダは右手に握られたままの爪切りを頭上でゆらゆらさせつつ眺めていたが、思い切りましたとでも言わんばかりのため息を一つつくと、ユウナの腰へ手を回して抱き寄せた。
 ティーダの腕の中へ倒れこむように抱き寄せられたユウナはといえば、近づくことでわかる未だしっかりと濡れている彼の髪に、風邪をひきはしないかと心配になった。

「あのさ」

 ゆるゆるを髪を梳かれて、耳元で響く彼の声に、うっとりするなという方がどうかしている。

「ん?」

 夢うつつな気分で気の入っていない返事をすれば、今まで安心を与えてくれていた大きな手が不遜な動きをしてみせた。

「きゃん!ちょ、ティーダ!?」

「うん、おっぱい」

 あっという間に組み敷かれて、先刻までの形勢はあっという間に大逆転だ。大体、こちらが訊ねていることに対しての答えが「うん、おっぱい」はないだろう。

「だってさ、オレ、こうやってユウナに触るもん」

「さ、触るもんって・・・」

 見上げた先の青の瞳は得意気でもあるし、拗ねているようにも見える。

「ユウナの身体、傷つけたくないから」

 その一言ですべてを理解したユウナは、己が頬がみるみる赤くなっていくのを自覚せざるをえない。今までの不遜な態度は掻き消えて、少しだけ照れて笑う愛しい人がそこに居る。この状況ではあまり見せてくれることのないその表情を、もっと見ていたいと思うのに、彼の厚い唇でその希望は叶わない。
 しおらしかった態度はすっかり鳴りを潜めて、悪戯っ子さながらに微笑むティーダに今度はユウナ自身が慌てる番だった。

「あ!私っおふろ・・・っ!!」

「うん、後で」

 胸元に押し寄せる攻撃の手を必死に掴み、これだけはなんとか!のお願いをくりだすもあえなく却下されてしまう。

 丁寧に丁寧に手入れされた指先は、殺人的に甘く優しい。
 聞くのじゃなかったと反省したところで、今はもう後の祭りなのだ。

fin

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