どうしてあの時、この愛しい人を手放すことが出来たんだろう?
異界送り
「なんだか久しぶりで動きにくいッスね」
召喚士時代の衣服へ袖を通したユウナが、少し照れくさそうに笑う。
「こっちの服も可愛いっスよ」
ティーダは臆面もなくそう言うと、愛しい人の頬へキスを落とす。
「じゃあ、行ってきます」
「ここで見てるよ」
ユウナは ふわり と微笑んで決然と歩き出す。
−−−−−−−−異界送り。
『永遠のナギ節』が訪れて以降、スピラに点在する召喚士たちの『今の仕事』だ。
スフィアハンターに『転職』してしまったユウナは、この3年近く『異界送り』をしていない。
正直なところ、『召喚士』に戻ってしまうのを意識的に避けていたせいもある。
しかし、『スフィアハンター・カモメ団』が『何でも屋・カモメ団』になってしまった今、『大召喚士ユウナ』に異界への道標を、と願う人も少なくはない。『大召喚士じゃないよ。ユウナは、ユウナ』
どこまでも優しい微笑で自分にそう告げてくれた恋人の一言で、この異界送りの依頼を受けることに決めた。
「『久しぶり』・・・・か」
自分の中では『久しぶり』ではないその『事実』に、我が身が存在しなかった時間があったのだと痛感する。
『存在しなかった、時間』・・・・・・。
もう2度と愛しい人の温もりを、この身に感じることはないのだと覚悟をした『あの時』・・・。
『永遠のナギ節』を手に入れた瞬間、今まで感じていたその質感はあっという間に消え失せ、自分は『夢』の中の存在だったのだと、改めて思った。心の底から願ったのは、愛しい少女の『幸せな未来』。
消えて無くなったはずの自分の身体が、今こうしてスピラにあることが未だに信じられない瞬間さえあるくらいだ。
−−−シャラン。
ユウナが手にした杖から聞こえるその音で我に返る。
いつの間にか伏せられていた青の瞳を音のする方向へ向けると、そこには神々しいまでに美しいユウナが、独り静かに舞っていた。
彼女の周りを幻光虫が纏わりつくように飛ぶ。
この光景を初めて目の当たりにしたのは、つい最近のことのように思うのに・・・。
「あの時も、綺麗だって思ったんだよな」
誰に聞かせるでもない、小さな独白。
異界送りを初めて見たのは、ユウナがまだ召喚士だった頃。
シンに壊滅的なまでに破壊されたキーリカでだった。
水の上を静かに歩く彼女に驚愕し、死した肉体より湧き上がる不思議な光に恐怖を覚えた。
ユウナの舞いに合わせる様に、空中へと消えてゆくそれが、『想い』だと知ったのはそのすぐ後。
ほんの数メートル先で繰り広げられている光景は、あの日見たそれと変わりがないように思うのに・・・。
そうして、改めて思うのだ。
どうして『あの時』、この愛しい温もりを手放すことが出来たのだろうか、と。
答えは、至極単純で明快だったけれど。
彼女の魂が、このスピラから消えてなくなってしまうことは自分にとって耐え難い苦痛だった。
たとえ我が身が消え去ろうとも、その想いはゆるぎないものだったから。
じゃあ、『今』は?
舞を終えたユウナに、幻光虫が纏わりつくように輝き、空へ吸い込まれてゆく。
「・・・・『今』・・・・」
音にして出された言の葉は掠れ、数センチ先の空間へ消える。
無事に仕事をやり遂げたユウナは依頼者らしき人々へ挨拶をすると、こちらへ向かって歩き出した。
先ほどまでの神々しさはなりを潜め、いつもの愛らしい笑顔がティーダの瞳にはやけに眩しい。「今は・・・」
もう一度呟く。
近づいてくる彼女に、ふいに『あの時』我が身をすり抜けていった瞬間が重なる。
「どうしたの?なんだか泣きそうな顔してる」
下から覗き込む色違いの瞳に、痛くなるくらいの愛しさがこみ上げてきて思わずその華奢な身体を抱きすくめた。
「ティーダ?」
「今は、もう無理・・・。なにがあっても、どうなっても・・・だめッス」
こうして抱きしめることが出来る事実に、安心してしまう自分がなんだか情けないな、と思う。
それでも彼女を抱きしめる腕は、しっかりと固定して離す気はさらさらないのだけれど。
「ね?なにが『無理』なの?」
きつく抱きしめた腕の中で、優しく微笑む温もりがある。
弱気な顔は、見られたくはない。「ユウナが可愛すぎて、もうガマン出来ないってこと」
そうおどけて言ってみせると、可愛い恋人は頬を赤く染めて拘束されている腕の中から逃れようと必死になった。
「もう!そういうこと、平気で言うっ!」
「だって本当のことッスよ?」愛しい存在を軽々と抱き上げて歩き出すと、ユウナはもう一度だけ『もう!』と抗議の声をあげたきり黙ってしまった。
『あの時』の決断に、後悔は微塵もない。
ユウナを泣かせてしまったことだけは、今でも胸を締め付けるけれど・・・。
奇跡の果てに手に入れてしまったこの温もりは、きっともうどんなことがあっても手放すことは出来ないと思えば思うほどに、『あの時』の自分に対して感心してしまうのだ。
「案外、あの時のオレの方が強かったよな・・・」
「え?なあに?!」
「いーえ、なんでも!さてっ!姫をセルシウスまでお連れいたします!」
呆れたようにぽつりと呟いた恋人を不思議そうに見つめるユウナへティーダは素早くキスをすると、そのまま飛空挺へ向かって歩き出した。
fin