約束

 

一週間。

今日寝て、明日起きたらその日から一週間も「彼」が居ない。
毎年恒例になった合宿の場所が、今年はキーリカに決まったのだ。
ブリッツボールのシーズンへ突入する前の合同練習の相手チームは、その時期により様々ではあるけれど、とりわけ交流が深いのは連絡船ですぐに行けてしまうキーリカ・ビーストだ。
同じ南国出チームでもあるし、ビサイド・キーリカ間の人の行き来も多く心安い。
ご多分に漏れず、監督同士は飲み仲間ときた日には、合同練習などというのはお題目で、練習もそこそこに親睦会に勤しんでいそうだ、というのはリュックの言葉。
その、親睦合同合宿がキーリカで一週間行われると聞いたのは三日前のことだった。

練習場所で言えば、浜辺も広がり、奥に入れば湖もあるビサイドの方が、大勢での練習には向いているはずではあるが、聞くところによると「話し合い」という「ジャンケン勝負」にワッカが負けてしまったらしい。
バツが悪そうに報告するワッカへ、

「昔からジャンケン、弱かったよね」

などと、意地悪を言った。

愛すべき兄君は、ここ一番の勝負にはからきし弱かったのだ。

そして出発前日。
明日の支度に余念がない恋人は、今も入念にストレッチをしている。
ブリッツが出来れば他は特に問題がない、と笑う彼の荷物は、一週間分のそれとしてはかなり軽量だ。
ティーダがスピラへ帰還を果たしてから、ずっと一緒にいるわけだけれど、さすがにこの合宿には付いていくことはない。
彼にとってブリッツボールは趣味であると同時に大切な「仕事」だからだ。
平素は軽口を叩きながらでも、いざボールを手にすれば別人のようになる。
例えば、ユウナ自身が言い出したのでないにせよ、彼女が遠征について行く事に、オーラカのメンバーは異論を唱えないはずである。
本音は、やっぱりいつでも一緒にいたいだとか、練習中の彼だって見ていたいだとか思うけれど、そこまで入っていくのもいかがなものか、と、胸の内の至極冷静なユウナが諌めるのだ。

まったく、周囲が呆れるくらいに傍に居ながら、「もっと」と願ってしまうのはどうしてだろう。

もしかしたら、弱くなったのかもしれない、と相談したら

「それはユウナが女になったってことじゃないか」

と、パインに一蹴されたものだ。

そして、「女」になったと指摘されて、少しだけギクリとした。
何故なら、今一度「彼」を追い求めた続けたあの2年の月日を乗り越えろと言われたら、きっとすぐにおかしくなってしまう。
それはもしかしたら、「彼」に依存しすぎてしまっているのかもしれない。
今回のように合宿や遠征でティーダが傍に居ない時は、なにやら手持ち無沙汰で何をしていいのかわからなくなる時すらあったのだから。

ティーダが消えて、自分だけが過ごしたスピラの2年間。
もしかしたらその時間を取り戻そうとしてる?
一緒に居るだけがすべてではないと言い切れるほど大人にもなれず、しかし幼子のように離れたくないのだと駄々をこねられるほどでもない。

そんな時だった。

二人だけのささやかな約束事が出来たのは。

それは確かに彼が此処居るという証でもあり、支えと成り得る二人だけの秘め事で。

 

「う・・・あの、さ、ユウナ?」

「なあに?」

「あ、あんまり、その、じっと見つめられると、やりにくいんスけど」

ベッドの上にちょこんと座り、照れくさそうに頭をかきながらそう呟いたティーダに、ユウナは思わず笑み崩れた。
ユウナもティーダと同じくベッドの上に座っているが、彼と少しだけ違うところといえば彼女だけ胸元を大きくはだけさせているということだ。

「そうかな?」

「そうかな、って、いや、だってさ、こう毎回改まって「じゃあお願いします!」みたいにするのって、結構照れるって」

普段からあの手この手でユウナを「困らせている」張本人の言葉とは思えない。
もしもここにリュックとパインが居たのなら、猛烈な抗議を受けるに違いない。
それなのにティーダときたらこの儀式の時に限って、壮絶に照れたおすのだ。ユウナも最初の時こそそれはもう恥ずかしかったのだけれど、その後に残る幸せな気持ちと、なにより毎回「照れるティーダ」が拝めるとあって、今では率先してお願いするに至っている。

「してくれないの?」

駄目押しとでも言わんばかりに、艶然と微笑んでお願いすれば

「う!?り、了解ッス!」

照れながらも大きく息を一つつき、ティーダが居住まいを正した。

果たして、寄せられるティーダの唇はユウナの唇ではなく胸元へ。

「・・・んっ」

甘い痛みに、思わずその黄金の髪をかき抱いて。

「・・・ユウナ?出来たッスよ?」

少しだけ掠れたティーダの声に誘われ視線を降ろすと、其処に現れたのは胸元に咲く赤い痕。

「ちょっとキツめにつけちゃったから痛かっただろ?・・・「して」とか言うから」

小さなキスマークをぺろりと舐められて、途端に耳が熱くなった。

「だ、だって!約束だもん!」

そう、これが「約束」なのだ。

胸元に残したキスマークが消えるまでには絶対に帰るということの。

 

言い出したのはティーダの方だった。
ほんの冗談のつもりで言った一言だったのだけれど、彼の予想に反して事の他ユウナが喜び、以来、ティーダだけ日をまたいで出掛ける際には必ずこの「約束の儀式」をすることになったのだ。

明るいところで素肌を晒すことを極端に恥ずかしがるユウナも、この時ばかりはいたって嬉しそうに上着を脱いでくれる。
それはティーダにとっては大変喜ばしいことではあるけれど、それについては「いざキスマークをつけさせていただきます」と、改まってしなくてはならず、なにやら気恥ずかしいことこの上ない。
最近では困ったことにユウナの方が照れるティーダを見ることを楽しみにしているらしく、「明日から出かけます」な日には、それはもう嬉々として「お願い」してくるのだ。

願わくば、もっと他の時にもそれぐらい積極的に誘って欲しい。

そうはいっても、毎回なんとか約束も守れているし、何より自分の置き土産を見るにつけ「幸せ」と笑うユウナが愛しくて仕方がないのも事実なわけで。

「ね、ユウナ?」

「なあに?」

無防備な彼女にぴたりとくっついて。

「もう「して」欲しいこと、ないのかなって思って。オレ、明日から出かけちゃうよ?」

儀式さえ済んでしまえばこちらのものだ。
驚いて固まっているユウナを抱きしめて、一週間分のぬくもりをいただくべくそのままベッドに倒れこんだのだった。

fin

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