今年こそは、絶対なんだから!
誕生日
初めての記念日は、毎日に追われてあっという間に通りすぎてしまった。
その次の記念日は、リサーチを忘れていたマヌケな自分と、『その日』が終わろうかという頃になってようやく今日が『その日』だったと気がついた彼のおかげで、結局はうやむやのうちに終わってしまった。
だから。
なんとしてでも、今年こそは、今日こそは、成功させたいのだ。
そう。
最愛の人がこの世に産まれてきてくれた感謝すべきこの日を・・・・・・・。
「・・・って言っても・・・ホテルだもんね・・・ここ・・・」
ユウナはこれ以上はない、というような壮絶に情けない声で独り呟いた。
ホテルにいるということは、料理の腕を振るうことも出来ないわけで、この時点で『手作りケーキ』なんて作戦は立てられないことに愕然としてしまう。8月。
ブリッツボールはリーグ戦真っ只中で、ルカの街はサポーターで大賑わいだ。
一ヶ月前から始まったスピラリーグもいよいよ大詰め。『万年最下位』の輝かしい称号を頂いていたビサイド・オーラカも、得点王ティーダの目覚しい活躍により今年も優勝旗に手が届かんばかりの勢いだ。各チームはリーグ戦が始まる一週間前からルカに入り、チームごとに契約してるホテルで滞在する。
今回はユウナもオーラカと共にルカへと赴いていた。そう。去年も一昨年も取り逃がした『彼の誕生日』を祝う為に、だ。
けれど、『祝う』といってもリーグ戦真っ只中。
最愛の彼は試合・練習・ミーティングのローテーションで忙しいことこの上ない。
8月の一番暑い時期に産まれた彼の記念日は、ものの見事にリーグ戦開催期間にかち合っており、『朝からゆっくりとお祝いをする』なんてことは、それこそ夢の中だけの話なのだ。現に今、愛しい青年はミーティングのため朝から出かけてしまっている。
『不幸中の幸い』とはこのことだろうかと思わざるをえないが、順調に勝ち進んでいるオーラカは今日、明日と試合がなかった。
ワッカの『作戦会議』という名の演説が長引かなければ、お昼過ぎには帰ってくるだろう。「・・・う〜〜〜ん・・・」
時計はまだ朝の9時を少し回ったところ。
このまま彼のいないガランとした部屋で悩むよりは、外に出て何か作戦を練ろう!と気を取り直したユウナは、軽い足取りで部屋を後にしたのだった。
「たっだい・・・・・ま?」
寄り道もせずに一目散に部屋へ帰ってきたティーダが、目の前に広がる光景に青い瞳をこれでもか!と言わんばかりに大きく見開く。
「・・・お、おかえり・・・」
いつも通りの部屋の中央で落ち着かない様子で出迎えてくれた愛しい少女の、『いつも通り』でないその格好に、ティーダは傍から見ても『呆気に取られてます』と言った顔でゆるゆると近寄る。
「へ・・・変・・・かな?」
頬を赤く染めて俯くユウナに声をかけることすら忘れているティーダは、辛うじて・・・本当に『辛うじて』思うように動いてくれない首をぎこちなく横に振った。
変なわけがない。
初めて見る、淡いピンク色のキャミソールを着たユウナは、目の前で恥ずかしそうに佇んでいる。
普段はあまりしない化粧もうっすらと施されており、アップに纏められた髪が色っぽいことこの上ない。
どんな格好をしていようがユウナはユウナなわけだから、特に外見には拘らないはずのティーダでさえ見惚れて固まってしまうほどの愛らしさだ。
「うぁ・・・えと、可愛いッス・・・うん」
「良かった!あのね?今日買ってきちゃったんだ、これ」
珍しく頬を上気させて、やっとの思いで言いましたという感じのティーダに、ユウナは嬉しそうな微笑を向け今日一日の出来事を話し出す。
ルカの街へ飛び出して、悩みに悩んでまず飛び込んだのは洋服店。
呆れるくらいに『可愛い』を連発してくれる困った恋人に、いつもとは違った自分を見てもらいたくて、普段絶対に買わないであろうちょっとだけセクシーなキャミドレスを購入したのだ。
この作戦は見事に嵌ったようで目の前で立ちすくんでいる恋人は、明らかに動揺してる。しかし次の瞬間に繰り出された彼の一言に、今度はユウナが唖然とする番だった。「今日って・・・なにかあったッスか?」
「やだ!・・・キミのお誕生日でしょう?!」
「うえええええっ?!そうだった?!」
素っ頓狂な声を上げ、部屋に掛けられた『ワッカ特製スケジュール入りカレンダー』へ慌てて駆け寄ったティーダは、日付を確認すると愕然と『・・・ホントだ・・・』と呟いたのへ、ユウナはとうとう堪えきれずに笑い出した。
ユウナの事に関しては素晴らしくマメなこの恋人は、こと自分に関しては呆れるくらいに無頓着なのだ。
どうやら、昨年同様自分の誕生日をすっかり忘れていたらしい。「もう!今年こそはお祝いさせてもらうんだからね?!」
自分で自分に呆れかえっているらしいティーダの背中を押して、窓際に置かれたソファーへと誘う。
目の前にあるテーブルの上には綺麗にラッピングされた可愛らしい箱と、おそらくケーキが入っているであろう大きな箱。「キミってば欲しい物ないって言うから、すっごく困ったんだよ?」
ユウナはくすくすと笑いながらティーダの隣へ腰掛け小さな箱を手に取ると、ティーダの左手にそっと乗せる。
「お誕生日、おめでとう。・・・気に入ってもらえたらいいけど・・・」
「・・・ありがとう!」
昼過ぎまでという限られた時間の中で、悩みに悩んで悩み倒して用意したプレゼントは彼が好きそうなシルバーの指輪。
「それね?小指にするんだって。・・・実はおそろいで買っちゃった」
照れ隠しに少しおどけた口調で言いながら、ユウナは自分の右手の小指にはめられた小さな指輪を振って見せた。
「・・・嬉しいッス。なんか、感動っ!」
これ以上はないというくらいに笑み崩れたティーダは、いそいそと貰ったばかりの指輪をつける。
喜んでくれている様子に安堵の表情を浮かべたユウナは、『次はやっぱりコレだよね!』と言いながら大きな箱の蓋を持ち上げた。
果たして、そこに現れたのは真っ白いクリームの上に目にも鮮やかなイチゴが乗るバースデーケーキ。「うまそ!!」
「美味しいんだよ?!ここね!すっごく人気なの!!」
プレゼントされた本人よりも嬉しそうにケーキの説明をしている愛しい少女の笑顔に、ティーダの悪戯心がむくり、と起き上がる。
ティーダは綺麗にデコレーションされたクリームを人差し指で掬い取ると、あっという間に口の中に放り込んだ。「あああ!まだローソクも立ててないのに!!」
「うまいうまい!」
可愛らしい抗議の声などどこ吹く風で、手づかみで次々とケーキを頬張るティーダに もはや頬を膨らませることしか出来ないユウナは恨みがましい視線を行儀の悪い恋人へそそぐ。
「ほら、ユウナも!」
ティーダはイチゴをパクリ、と口に放り込み、一瞬素晴らしく意地の悪そうな微笑を浮かべると有無を言わさずユウナへ口づけその口中にたった今己が噛み潰したイチゴを流し込んだのだ。
「・・・・っ?!んぅ〜〜〜〜〜!!・・・っは、あ!」
突然のことにどうしていいのかわからないユウナがやっとの思いで流し込まれたイチゴを飲み込むと、すぐ目の前で悪戯っぽく輝く青の瞳が『美味しい?』と嬉しそうに尋ねてくる。
「もう!・・・わかんないよっ」
耳まで赤く染めて抗議の声をあげたが、その行動が凄まじく間違っていたのだとユウナは次の瞬間後悔することになる。
「じゃあ、もう一回!」
「ええっ?!あ!んぅ!!」
慌てて逃げようとする身体を素早く捕らえられ、唇を塞がれる。
差し入れられた舌と共に流れ込んでくるのは、甘い甘い生クリーム。「・・・ん、ふ・・・・」
いつの間にかソファーへと押し倒され、長い長い口づけが終わった時には、身に纏った衣服などほとんど脱がされていて・・・。
「ユ〜ウナ?」
「な、なに?!」
「オレのお誕生日ッスよね?今日」
「う・・うん・・・」
「じゃあさ、ユウナのこと、頂戴?・・・・・生クリーム付きで」
テーブルに置かれたケーキよりも甘ったるい笑顔とその声で。
「・・・・・・・・エッチ・・・・・・・・・っ」
ユウナはもう、それだけ言うのが精一杯だったのだけれど・・・。
fin