もっと がんじがらめにしていいのに。

 

おそろいの食器 


 太陽がもうすぐ帰り支度を始める、そんな時間。

 洗濯物は昼前にはすっかり乾いて、もうタンスの中。

 夕食もテーブルの上にずらりと並んで、出番がくるのを待っている。

 身体についた汗と潮をすぐに洗い流せるように、お風呂だって用意できた。

 あとは、愛しい『彼』が帰ってくるのを待つばかり・・・・・・・。

 

 「・・・・・・・・・なんだけど。・・・う・・・どうしよう・・・」

 色違いの瞳に困惑の光を浮かべたユウナが、夕食の並ぶテーブルの端にちょこんと置かれている一組のマグカップへ視線を集中させている。
 少し丸みのある可愛らしい形の真っ白なマグカップには、明らかに『2つで1つ』だと言わんばかりに色違いの小花のラインが控えめについていた。

 1つはピンク。

 1つはブルー。

 ビサイド・オーラカの試合を見にルカへ行った際、リュック、パインと共にふらりと立ち寄った雑貨屋で見つけたそれは非常に可愛らしく、ユウナは一目で気に入ったものの 『おそろいの食器』の購入がどうにも恥ずかしくて断念してしまったのだ。

 そんなユウナに、3日前セルシウスの轟音と共に派手にやってきた大好きな従兄妹が満面の笑みで差し出した箱の中身が、その『断念した』マグカップだったのは言うまでもない。

 『コレね!引っ越し祝い!ユウナん、欲しそうにしてたからさ〜〜!』

 楽しげにそう言うリュックに感謝しながらも、ユウナは曖昧な笑顔しか作れなかった。

 今のティーダの生活の拠点はセルシウスということになってはいるが、ビサイド・オーラカと正式に契約をし、尚且つブリッツシーズンへ向けて本格的に練習へ参加しなくてはならないこの時期は カモメ団員であろうとも地上へ生活の場を移さざるをえない。

 結婚をし、小さな子供までいるワッカの家にいつまでも厄介になる訳にもいかない、とティーダは進んで宿舎生活を選び、そして地上に降りた恋人について同じくセルシウスを降りたユウナは 寺院に手付かずで残されていた彼女の部屋で生活していた。

 村の中ではすっかり公認のそんな2人へ、『兄代わり』と自負するワッカが家を建ててくれていた。
 それは予想もしない出来事で、謎の手紙に誘われて旅に出て、帰ってきたら『家』がありました、という村人総出で行われた新婚さんドッキリ企画だったのだ。何ということもなく、ワッカから偶さか訊ねられたティーダのザナルカンド時代の船の家を、ビサイドの住民のみならずアルベド族まで動員しての一大復元作業だったらしい。やけに興味深げに聞いてくるな、とは思っていたものの、話しているうちにユウナの方が夢中になってしまい、含みがあることなど気付きもしなかったのだ。
 この間、外出しているユウナはよしとして、ティーダは訳もわからずビサイドから放逐されたらしい。
 そうして出来上がった新居こそ、小さな入り江に浮かぶ『船の家』だった。
 『結婚』こそしてはいないものの反対意見など出る訳もなく、ユウナは嬉しい反面少しだけ恥ずかしがりながらも3日前に引越しを済ませ新生活をスタートさせた。

 『今日からお前たちはここに住め』

 突然のワッカの発言に凄まじく驚いて固まってしまったティーダを思い出すと、自然笑みが零れる。

 

 「・・・っと!もう帰ってきちゃう!!」

 視界に映ったマグカップに現実へと引き戻されたユウナが慌てて窓の外を見ると、つい今しがたまで青かったはずの空が 少しずつ夜へ向けての色の変化を始めていた。
 とたんに落ち着かなくなってしまった心を静めるように深呼吸をすると、テーブルに置かれたペアのカップを1つ手に取りキョロキョロと辺りを見回した。

 「も・・・もう少し、経ってからにしよう・・・」

 「何が『もう少し経ってから』なんスか?」

 「きゃあ?!」

 突然背後から居ないはずの待ち人の声がこだましたことに、ユウナは飛び上がらんばかりに吃驚する。
 明らかに挙動不審な愛しい少女が、思わず後ろに隠したものを見逃すはずのないティーダはいとも簡単にそれを取り上げた。

 「な〜んだ。マグカップじゃないッスか。・・・何かと思った」

 「う・・・うん。リュックとパインがくれたんだ・・・」

 ユウナはぎこちない笑顔でかろうじて見つからなかった方のカップを後ろ手で隠してみるが、愛してやまない青の瞳は『そんなことはお見通しです』とでも言わんばかりに艶然と微笑むと、気が遠くなるくらいに優しい声で『見せてみ?』と、右手を差し出したのだった。

 

 

 

 「あははははははは!!ユウナッ!あはは!!か、可愛い・・・っ!!」

 「もう!笑いすぎ!!」

 おそろいのマグカップの、何が『どうしよう』で『もう少し経ってから』なのかを白状させられ、耳まで真っ赤になったユウナが笑い続けるティーダへ抗議の声をあげる。

 「だって!なんだか、その、いきなりおそろいの食器出すのって・・・あの、け、結婚迫ってるみたいだからっ・・・プ・・・プレッシャーかなって思っ・・・・!もう、いいもんっ!!」

 今や床に転がらんばかりの勢いで笑う恋人に、これ以上の抗議や説明は無駄だと判断したユウナは 思い切り頬を膨らませてドカドカと大きな足音を立てつつ台所へ行ってしまった。

 「ごっ・・・ごめっ・・・くくく、あは・・・!ユ、ユウナ?!」

 ティーダは必死に笑いの虫をかみ殺しながら、拗ねている背中へ声をかけ優しく抱きしめる。

 「プレッシャーなんてさ、もっとかけてくれていいのに」

 「え?!・・・ひゃうっ!」

 ユウナに逃げられないようにしっかりと腕の中へ拘束した上で、ティーダはいまだ赤みの残る可愛らしい耳をぺろりと舐める。

 「つーかさ、ユウナのほうが大変ッスよ?オレとしか結婚できないから」

 「キっ・・・キミとじゃなきゃ、しないも・・・・っん!」

 慌てて顔を向けたユウナの唇をティーダは素早く塞ぎ、深く深く口づけた。
 強張っていた彼女の身体から力が抜けたところを軽々と抱き上げて、何事もなかったかのようにスタスタと浴室へ向かって歩き出したティーダの次の発言に、またもユウナは盛大に赤面することとなる。

 「一緒に風呂、はいろ?」

 「え!やだ!!ほら、あの!ご飯の支度が・・・っ!」

 「駄目。ユウナと入るほうが先ッスね」

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、しれっと言い切る恋人に 逆らえるはずもないユウナは更に頬を赤らめる。

 「言ったろ?覚悟しておけよなって」

 可愛らしい彼女を少しだけ悩ませたおそろいのマグカップは、その日の夕食からテーブルの上へ置かれることとなったのだけれど。

fin

無駄に照れてるユウナんが最高に好きです。(爆笑)

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