どうしても、どうしても、君の口から聞き出したい。
こたえあわせ
普段は『お願い』や『許して?』の言葉と共に、少しだけ困ったように微笑めば『仕方がないッスねぇ』と諦めてくれる優しい恋人が、何故か今日に限っては断固として戦線離脱を拒絶するという姿勢を崩さない。
折りしも大雨の来襲で、今の自分にとっての救いの神であるところのワッカも練習がない以上来てくれそうにもなく、ユウナは追い詰められた腕の中で力なく笑ってみたりもした。お気に入りの白いソファー。
隣に座るのは青い瞳を好奇心でいっぱいに輝かせた愛しい青年。
日に焼けた逞しいその腕は、ユウナの細い腰へと回されガッチリと拘束したままだ。
「・・・い、言わなきゃ、だめ?」
先刻から何度も繰り返してきた質問を、ぎこちない笑顔のままもう一度呟いてみた。
「だ〜め。教えて?ユウナ」
そしてユウナの努力の甲斐もむなしく返されたのは、神々しいばかりの笑顔と『却下』の言葉。
困った。
教えたくないとかそういう次元の話ではなく、ただ、ひたすら『恥ずかしい』。
あの、とてもじゃないけれど逆らえない甘ったるい笑顔で、『今日こそはキッチリ聞かせてもらいます』と宣言された『あの言葉』の『その理由』―――。
『ガードじゃなくてもいいの。傍に、いてくれるだけで』
キーリカの森で。
自分でも驚くほどの勢いで口をついて出た言葉。
懇願に近かったそのお願いに、お願いされた本人よりもまず周囲の人間が吃驚していたことをまだ憶えてる。
ティーダがしつこいまでに聞き出したいのは、まさにあの言葉の裏に隠されたユウナの気持ちに他ならず、ユウナがそれを告白するについては凄まじいまでに勇気を振り絞らなければならないという、『コマリモノ』。
もう数え切れないくらいに肌を重ねているにも拘らず、何を今更と思わないでもない。
あの時のあの言葉にどういう感情を抱いていたかを素直に言ってしまえば楽だろうにと、他ならぬユウナ本人が自身へ対して呆れもするほどに、この身体は『理由』を言うことを面白いくらいに拒んでいた。
今更なのはティーダにも当て嵌まることなのだけれど、ユウナがあからさまに困っている様子を見ることが実は密かな楽しみであるからタチが悪いことこの上ない。
「わ・・・わかってるくせに」
苦し紛れに出た抗議の言葉に、ティーダは艶然と微笑み『うん』と答えた。
だけど、聞きたい。
ユウナの口から、直接。
これは絶対に確信犯だとわかりすぎるほどの距離で囁かれるのはそんな「お願い」。
少しだけ掠れた声は壮絶に甘く、抱きしめられているだけで何もされてはいないというのにユウナは自分の身体が熱くなるのを感じて少しだけ俯いた。
恋は、しない。
『仲間』以上に大切な『誰か』は、自分にはいらない。
改めて思うでもなく、決意するでもなく、召喚士となる道を選び取る以前から、心のどこかでそう決めていた事だった。
成長するにつれ自分の想いは『召喚士になるため』のものとなり、密やかな決め事が『絶対』になったのはいつだったか?
何故なら、誰にでも必ず訪れるであろう『最期』は、自分の手で引き寄せる瞬間がやってくることをわかっていたから。「も・・・いじわる」
「いじわるっていうよりもさ、オレ欲張りになってるのかも」
俯いたま耳まで赤く染めた愛しい少女の瞳を探るように覗き込んだティーダが嬉しげに呟いた。
「欲張り?」
「そ、欲張り。わかっててもユウナから聞きたいし、もっとユウナのことが欲しい」
囁く。
どちらからともなく唇を寄せ重ねて。
「あの時から、オレのこと好きだった?」
さらり、と零れ落ちる黄金の髪がユウナの鼻先をくすぐった。
青い瞳は好奇心にキラキラと輝き、その声はどんな砂糖菓子でも勝てないくらいに甘くて凶悪極まりない。
よもや19歳の自分がこんなに翻弄されるなどとは夢にも思っていなかったであろうあの頃。
さらりと「好きだった?」などと聞かれて、何事もなかったように「うん」と答えるには恋愛経験値が足りなさ過ぎる。
正直、あの発言はどうして出たものか、自分でも不思議なほどだったのだ。
言ってしまってから後悔する、という最悪のパターンにだいぶ落ち込んだのだけは憶えてる。「キミは、全然だったよね」
己に好意を持っていたか否かを追求してくる恋人に、せめて一矢報いたくて反撃すれば
「いや、ユウナかわいいなー、とは思ってたッスよ?」
などと笑顔でかわす。
好きか嫌いかと聞かれれば、答えはおのずと決まるだろう。
嫌いな人間に、この先究極召喚を手にするための過酷な旅の同行を頼むなどと、どこの世界にいるというのか。
しかし、目の前の意地悪な恋人は、ユウナの口から聞きたいと食い下がるのである。「すっ・・・好きは、好きだったと、思うよ?」
我ながら苦し紛れの回答だと思う。
「うん、どんな「好き」?」
そんな事はお見通しだとでも言わんばかりの笑顔で意地悪だ。
「・・・・だっ・・・・誰にも、触らせたく・・・なかったのっ・・・かな?」
間近にある綺麗な顔に、跳ね上がる心臓に、腰に回された温かな腕に、自分を取り巻く『彼』の存在すべてに、とうとう堪えきれなくなったユウナが精一杯の告白をした。
そう。
『触らせたくなかった』のだ。
あのまま彼と旅の途中で別れてしまえば、きっともう2度と会えずに終わってしまう。
自分は究極召喚を手に入れて、スピラからいなくなってしまうくせに・・・。
それでも、自分が生きているうちは、他の誰にもあげたくないと、身勝手にもそう思ってしまったから。
『ガード』であれば、堂々と隣に立てる。
けれど、『ガード』でなければ、自分の『最期』までを見せなくてもいい。
わざわざ危険が伴う『最期』までいてくれなくてもいい。
そこまで連れて行こうとは思わない。だけど。
でも。
そうして混乱するままに零れ出たのがあの言葉だったのだから―――。
「こ・・・これじゃ、だめ?」
情けないくらいに小さな声しか出なくて
「す・・っ好きだったかって、聞かれると・・・えと、今はそうだったって言えるけど・・・あの・・・」
言い訳をする子供みたいに支離滅裂で
「・・・だめ?」
お伺いをたてるように、もう一度、聞いた。
「ダメじゃないッスよ、いじめてゴメン。つか、すっげぇ嬉しかったりして」
満足気な笑顔を浮かべた恋人は、吃驚するくらいにユウナの身体をギュッ!と抱きしめ やがて悪戯っぽくこう言った。
『じゃあさ、今からたくさん触る?』
窓に打ち付ける雨の音を聞きながら、恋人達は密やかに笑い合った。
fin