いや?と聞かれたら、いやじゃないって、答えるしかないんだけど。

 

温泉旅行

 

 『どうせならゆっくり温泉にでもつかってきたら?』

 セルシウスきっての『元気印』である少女が愛すべき2人へ何の気なしに言ったその一言に、顔を輝かせる者あれば、逃げられぬ現実に打ちひしがれる者あり、その時のブリッジの様相は凄まじく愉快なものであったことは間違いない。

 ブリッツシーズンも終了し、仲間を迎えるべくルカへとやってきたセルシウスへ『ただいま』の声も高らかに満面の笑みで登場したティーダへ向けての開口一番。

 「だってさあーせっかくシーズン終了したんだからぁ、骨休めに行ってくればいいなぁって思ったんだもーん」

 奇跡の果てに帰還を果たしたかの青年を、ユウナを抜きにして考えれば多分スピラで一番好きだと公言して憚らないリュックである。
 血を分けた実の兄にもそれくらい優しくしてやればいいものを、と同情してしまうほどの優遇ぶりに美貌の剣士は呆れながらも愉快そうに笑った。

 同志のありがたき申し出に、否があるはずもないティーダと

 従兄妹の突然の申し出に、否はないものの恥ずかしさで動転しているユウナ

 常に行動を共にし、今やスピラ中公認の仲であっても、やはり2人きりで『温泉』などというシチュエーションはユウナにとっては落ち着かないことこの上なく、そして現地で展開されるであろう『彼』の悪戯を思うと、そんなことを想像してしまう自分も合わせていたたまれなくなってしまうのだ。

 「ユ〜ウナ?行こ行こっ」

 嬉しげな恋人に逆らえるわけもなくて。

 「あぅ・・・。でも、いいのかな?」

 タテマエだなと思いつつ仲間へとお伺いをたてるように視線を巡らせれば、若干1名を除いていながらも『行ってこい』と笑顔が帰ってくる。

 「決まり!」

 リュックの陽気な決定の声に真紅の船体は一路ガガゼトへ向けて飛び立ったのだった。

 

 

 

 「じゃあ、1週間くらいしたら迎えにくるねー」

 スピーカーからの声にティーダが軽く手を上げて見せると、セルシウスはやってきた時と同じく轟音を轟かせて雲間に消えていった。

 「キマリに会うの、久しぶりッスね!」

 ささやかな緊張を知ってか知らずか、罪な笑顔の恋人は旧知の友が待つ家屋へ向かって力強くその歩みを進めている。

 こうして2人だけでガガゼトへ来たのは初めてのことではないにしろ、きっと、絶対に待ち受けているであろう『一緒に入ろう』のイベントのことを思うと恥ずかしくて仕方がない。
 何を今更と自分でも思うほどに彼と一緒にいて、時折なし崩しにお風呂にも入ったり、それ以上のことがあったりもするわけだけれど、こと、この『温泉』で、となると話はまったく別次元にすっ飛んでいってしまうのだ。

 『臆面のなさではスピラ一』

 パインに太鼓判を押されて喜んでいたのを思い出す。

 寝物語に『あの時は自制していたのだ』と聞かされたときには妙に感心して笑ってしまったほどだ。

 今、前を行く背中は『あの時』よりも少しだけ大きく、所謂『少年期』を脱しつつあるのだと感動さえして、そして、どきりとする。
繋がれた手を見ても格段に男の人のそれへと変貌しているし、足のサイズも大きくなったのだと笑顔で靴の選定をしていたのを思い出す。

 こんなにも、どきどきするのは絶対におかしい。

 揺れる黄金の髪を見ても

 確実に逞しくなってきている腕の筋肉を見ても

 笑顔に、捉えられても・・・

 ティーダの一挙手一投足にこんなにもどきどきしているのに、誰もいない、静かな温泉で、外で、あの声で、腕で抱きしめられたら・・・。

 「・・・・・・っ」

 「・・・ユウナ?ど、どうかしたッスか?」

 溢れかえる妄想を振り払うかのようにぶんぶんと頭を振るユウナを青の瞳が不思議そうに覗き込む。

 「なっなんでもないっす!」

 慌てて返した言の葉は可笑しいくらいにひっくり返っていて、それはもう『なんでもなくないです』と告白しているに他ならず、さらに追及の手が伸びる結果となった。

 「なんでもないって・・・ユウナ顔真っ赤ッスよ?もしかして熱でもあ・・・」

 「ひゃんっ」

 伸ばされた手が頬を撫で、その刺激に思わず声が漏れる。

 「ユウナ〜?」

 「え、えと、あの、な・・・なんでもないんだけど、私一人がおかしいだけで、あの」

 しどろもどろな言い訳はティーダの笑顔を引き出すだけで

 「い、一緒に、えと・・お風呂、入るのかなって、思ったら・・・あの、は、恥ずかしくて・・・」

 『恥ずかしいのだ』などと正直に訴えるから、つい『入ろうか』などと言って困らせたくなるというのに

 「嫌?」

 わざと、意地悪な質問まで投げかけて

 「い・・・いや、じゃ、ないっす・・・ん」

 可愛らしい返事を飲み込むようにキスをして

 「一緒に入ったら、オレ、大人しく出来ないんスけど・・・それでもいい?」

 「・・・っだ、だから、恥ずかしいのっ!」

 「ユウナのえっち。そんな可愛いコト言うとここで襲っちゃうッスよ?」

 実は半分以上本気であるところの理不尽な宣言に、耳まで真っ赤に染めたユウナが絶句したのを笑い飛ばしたティーダは、愛しい小さな手を再び強く握りなおしてゆっくりと歩き出したのだった。

fin

 

素イチャ最高。(笑)

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