落ち着くけど、落ち着かない。

  そこは、そんな場所・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

  腕枕 

 

  「いけない・・・寝ちゃった・・・・」

  自分の失態に声に出さないつもりの一言が、つい出てしまう。
  エンジンの音がかすかに聞こえる部屋はいまだ夜の色で染まっており、窓から入ってくる月明かりがぼんやりと辺りを照らしていた。

  「あ」

  口元に手を当てて、ユウナがそろり と視線を上げたその先には、月明かりの中でも眩しく光る金の髪。
  少し前までは早鐘を打つように鳴り響いていた心臓の音も、今は規則的なそれへと戻っている。

  ティーダを起こしていないことに安心した後、名残惜しそうにたくましい胸へ顔を寄せると軽くそこへ口づけをしてから、自分をしっかりと抱きしめている腕を細心の注意を払って『解除』にかかる。

  「・・・ん・・・ユウナ・・・?」

  もそもそと胸の中で動く気配に、ティーダがゆるゆると目を覚ました。

  「あ、ごめん・・・。起こしちゃった・・・」

  慌てて離れようとするユウナを見咎めて、それよりも早く彼女を拘束する。

  「きゃあ!」

  「・・・・あのさ?」

  抱き寄せたユウナの首筋に顔を埋めるティーダのまだ少し眠たそうな声が耳元で響く。

  「ユウナはオレと寝るの、嫌ッスか?」

  「なっ!なに言ってるの?!そんなことな・・・・っ」

  「良かった。嫌だって言われたらどうしようかと思った。」

  ものすごく大きな声を出して否定してしまった自分に恥ずかしさのあまり赤面する。
  ティーダは自分の腕の中で俯いてしまった可愛い恋人に満足そうに微笑むと、もう一度しっかりとユウナを抱きなおしてちいさく息をつく。

  そんな愛しい人の様子を温かな腕に抱かれて垣間見る。

  「ね?どうしてそんなこと聞くの?」

  「そんなことって?」

  「え・・・あの・・・『一緒に寝るのが嫌ッスか?』って」

  自分の腕枕にちょこんと頭を乗せて不思議そうに問いかけてくるユウナに、愛しさがこみ上げてきて思わずその愛らしい額に軽く口付ける。

  「だってさ、最近のユウナってば 夜中に必ずオレの腕枕から逃げようとしてるだろ?」

  「知ってたのっ?!」

  「知らないと思ったの?」

  しれっと言うティーダに驚きのあまり声が出ない。
  ここ数日間を冷静になって振りかってみれば、『知らないと思っていた』自分がおかしかった。

  そうだ・・・。
  彼が寝付いたことを確認してから、それもうもの凄い『努力』をもってしっかりと『固定』された腕を『解除』にかかるのだが、決まってもう2度と動けないような体勢に持っていかれてしまい 結局は作戦を諦めざるをえないユウナだったのだ。

  「腕枕、嫌い?」

  「きっ嫌いじゃない・・・っよ?!」

  思いがけない質問に、全身全霊をかけて否定する。
  愛しい彼に抱かれて眠ること以上に幸せなことはありえない。
  もう、これは、正直に『理由』を話す以外に道はなさそうである。
  ユウナは観念しきった表情で1つだけ大きなため息をつくと、もそもそと起き上がってティーダの横へ座りなおした。

  横で寝ている彼には、極力視線を合わさないようにして意を決して話し出した。

  「・・・・あのね・・・?」

  「ハイ?」

  「私・・・キミに腕枕してもらうの、好きだよ?」

  「うん。」

 

  「・・・だけど・・・・」

  「うん?」

 

  「・・・・・・れちゃう、でしょ?」

  「え?」

 

  小さな小さな問いかけ。
  月光の中、素肌にシーツを手繰り寄せただけのユウナは、恥ずかしそうに頬を染めて俯いている。
  そんな彼女がなんだかとても眩しくて、ティーダは思わず目を細めた。

 

  「キミは・・・その・・・ブリッツの選手なんだから、腕が・・・しびれちゃったりしたら・・・試合の時とか・・・その・・」

 

  そこまで言うのが精一杯のユウナに眩暈がするほどの愛しさがこみあげてくる。
  目の前の愛らしい人は、『腕枕による筋肉の疲労』を人知れず心配していたという。

  傍から見ればなんて馬鹿馬鹿しいかと思われる問題に、ユウナはここ何日か必死に取り組んでいたのだ。

  「オレ・・・そんなにやわに出来てるって、思われてたッスか?」

  『笑い』を越えて今や『大爆笑』のティーダに、ユウナは真剣に抗議をする。

  「もう!そんなに笑うことないでしょうっ?!」

  お腹を抱えてゴロゴロと転げまわる恋人は、何を言っても聞いてくれそうにない。

 

  「もう 寝ます!!」

 

  完璧にへそを曲げてシーツを引っかぶってしまったユウナを見て、しまったと後悔しつつ必死の思いで笑いをかみ殺す。

  「ごめっ・・・ユウナ?ユ〜〜〜ウ〜〜〜ナ〜〜〜?」

  ティーダはこんもりと出来上がったシーツの山に覆いかぶさるようにして甘く囁く。

 

  「ユウナ、好き」

 

 

  「愛してる」

 

 

  「ユウナが近くにいてくれなくっちゃ、眠れないよ」

 

 

  「ユウナ?」

 

 

  シーツ越しではあるけれど、耳元で囁かれる甘い誘惑に動悸が激しくなるのを自覚する。
  このまま顔を出してしまうのは彼の思うツボみていで、悔しい。
  悔しいのだけれど・・・・・・・。

 

  そろり、とシーツから顔を出すと、そこにはやけに楽しそうでもの凄く幸せそうな笑顔のティーダの顔があった。

  「もう!」

 悔しいから、少しだけ抗議の声を。
 すると、ティーダはにんまりを笑って やおらいつもの『定位置』へごろりと横になると右腕を伸ばし、今度はユウナの『定位置』をポンポンと叩いて彼女を誘う。

 

 考えるまでもない。
 自分だって、彼が隣に居てくれなければ眠れないのだ。
 だけど、やっぱり心配はしてしまうわけで・・・。

 上目遣いにもそもそと定位置へと収まったユウナに一つキスを落としてから、『もう2度と抜けられないぞ』とばかりに抱きしめる。

 

 「こうやって寝ないほうが身体に悪いッスよ」

 「なあに、それ」

 「スタープレーヤーのやる気は、ユウナ様次第ってこと」

 

 うふふ、と笑い合うと今までなりを潜めていた眠気が一気に襲ってきた。

 お互いが幸せな『定位置』で、その攻撃に抗うことなく降伏した2人は静かに目を閉じ安らかな眠りについた。

 fin

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