キミばっかり、ズルイよ・・・・・・・。

 

 待ち合わせ


 「どうしよう、遅くなっちゃった・・・」

 ルカシアターから走り出てきたユウナが、疲れたような表情で快晴の空を見上げる。

 ブリッツシーズン到来でルカの街はいつも以上に賑やかだ。
 ましてや、今日からリーグ戦開幕とあっては言わずもがな、である。

 ユウナは、足を止めることなく人波を掻き分け大通りへ飛び出すと、スフィアプールとは反対の方向へ進路をとる。
 ワッカ率いるビサイド・オーラカは、開幕前に行われた対戦を決めるための抽選会でシード権を獲得していたため、開幕初日の今日は試合の予定はなく『一日オフ』となっていた。

 正式にオーラカへ入ったティーダも4日前からルカ入りをしていた。
 ユウナたちカモメ団は、青年同盟からの依頼があったためそちらを優先し、エキシビジョンには間に合うようにと仕事を片付けてこちらへやってきたのは、まさにその当日だった。
 『身体慣らしてくるッス』

 と、軽く笑ってエキシビジョンへ参加したティーダの凄まじい活躍ぶりは、スフィア配信もしていたこともあり ルカへ集ったサポーターのみならず、 スピラ中を魅了してしまったらしい。
 おかげで試合後、控え室から滞在先のホテルまで帰るのにもの凄く大変な思いをしたのだ。
 そして、やっとたどり着いた部屋でティーダはユウナを抱きしめながら
 『オフ日のデート』
 を提案してきたのだった。

 「リーグの初戦、一緒に見に行かない?」

 「お休みの日なのに・・・いいの?」

 エキシビジョンとはいえ『試合後』で、なおかつ中一日を置いてリーグ戦へ身を投じる彼なのだ。
 デートの誘いはこの上もなく嬉しいけれど、今後のことを思えばおとなしく部屋で休養する方が得策だろうと思う。

 しかし、ユウナがその答えを出すよりも早く、ティーダは青の瞳をキラキラと輝かせて

 「敵情視察ってやつッスよ。どお?」

 と、彼女を覗き込んで笑う。

 「行く!」

 思わず即答してしまった後で、『あ』と口元を手で押さえて赤くなる。
 元来、ブリッツボールは大好きなのだ。
 ティーダの父であるジェクトに、幼い頃『ジェクトシュート』を見せてもらった日などは興奮してなかなか寝付けなかったくらいだ。

 そんなユウナを愛しげに見つめると、もう一度しっかりと抱きなおして

 「じゃあ、デートらしく待ち合わせな?指笛の練習したあの場所で」

 と、嬉しそうに約束をとりつけて、今に至るのだが・・・。

 

 「あの、すみません・・・ごめんなさい」

 会場とは反対方向へ向かうユウナの足は遅々として進まない。
 ルカシアターからならば、すぐの距離にある約束の場所は、押し寄せる人波に押されてなかなか姿を現してはくれないようだ。
 もどかしく思いながらも必死で人波をかきわけ、ようやく広場まで到達すると、殺人的だと思った人の数も幾分ましになった。

 「ふう!」

 ユウナは大きく一息つくと、愛しい人が待つ約束の場所へ続く階段を一気に駆け上がるべく再び走り出した。

 

 

 「あー!ユウナ様だ!」

 

 階段を上りきった先で子供に声をかけられる。
 ここまでくると、もう人の数も知れたもので少しだけ安心する。

 「こんにちわ」

 笑顔を返しながらも、見慣れた黄金の髪を捜す。

 

 「あ・・・・あれ・・・・?!」

 

 いつもなら、どんな人込みの中ででもすぐに見つけられる愛しい人の姿が今日に限って見つからない。
 ミヘン街道へと続く階段下まで到着したが、それらしい人影はなかった。

 「もしかしたら・・・もう、会場に行っちゃったとか・・・・?」

 少しだけ不安になって、ルカの街を一望できる高台まで移動したユウナの背後から くすくすと小さな笑い声が聞こえてきた。

 「ユ・ウ・ナ!」

 「きゃあ!!」

 突然の呼びかけに思わず飛び上がってしまってから慌てて振り返ると、そこにはいつもとはだいぶ雰囲気の違う愛しい恋人の姿があった。

 

 「ユウナ、全然気がつかないから、可笑しくってさ」

 こみあげてくる笑いを止めようともしない目の前の恋人は、いつものユニフォーム姿ではなかった。
 洗いざらしの白いTシャツにシンプルなデザインのボトム。
 首からはいつも身に着けている『ザナルカンド・エイブス』のマークを象ったネックレスが光っているが、陽の光をうけて煌く髪はちゃんとセットされていて、パッと見『ティーダ』だとは思えない。

 「・・・ティ・・・・」

 驚きのあまり声が出ないユウナへ悪戯っぽく微笑むと、手に持っていたらしい眼鏡を優雅にかける。

 「ユウナ来るのが遅かったから、いつ見つかるかってヒヤヒヤしたッス」

 

 それは、見たことのない恋人の顔。

 

 笑顔は変わらないけれど、なんだか無性にドキドキするのは、どうしてだろう?

 

 

 「ユウナ?」

 「あ!ごめんっ・・・その・・・ルカシアターに寄ってて・・・」

 「ルカシアター?」

 

 

 瞳を真ん丸くする恋人に、少し言いにくそうにもじもじとしながら 手にしたバッグからスフィアを取り出す。

 「録画用のスフィアを買いに行ってたの。試合、撮ろうと思って・・・」

 おずおずと差し出された記録用のスフィアを見て思わず苦笑する。
 愛しい人との待ち合わせをぶち壊されないように、精一杯イメージチェンジをした自分以上に『有名』な彼女が、ブリッツの開幕戦で賑わうこのルカで、捕まらないほうがおかしいわけで・・・・。

 「遅れないように早く出たのにな」

 「大丈夫、まだ間に合うッスよ」

 優しい微笑はそのままに、ティーダはユウナの手をとって歩き出した。
 そんな彼の背中を見つめて、小さくため息をつく。

 

 先を行く、いつもとは違う彼の背中−−−−−。

 当たり前のように繋がれた手が、酷く熱い。

 

 ズルイ・・・ズルイよ・・・・。
 そんなにかっこよくって・・・・・・・・ズルイ・・・・・・・。

 

 カレの顔が見たくて、横へ並ぶ。
 もう、どうしようもなく愛しくて、切なくて、涙が出そうになるのはどうしてだろう?

 このまま彼をどこかへ閉じ込めて、誰の目にも触れさせないようにしてしまいたい。

 つないだ手に少しだけ力を入れると、それに気がついたティーダが立ち止まってユウナの顔を覗き込む。
 すると、今にも泣き出してしまいそうな顔で俯いている恋人に慌てた様子の彼のことを、すれ違う女の子が羨望の眼差しで見ていたことにも気がついているユウナは、面白くない。

 「もう・・・待ち合わせなんか、しない。」

 「え?!」

 「キミのこと、他の娘に見せたくないから」

 少しの逡巡の後、意を決したように言うユウナは憮然としていて、ティーダはその存在に愛しさで気を失ってしまいそうになる。

 「あー!どうしてそーゆーこと言うかなー」

 広場へ続く階段を降りたところで、ティーダは盛大にため息をついてユウナの細く華奢な肩へ頭を預ける。

 「え?」

 わけがわからないといった感じのユウナへ、意地の悪い微笑を投げかけると、

 「予定変更。今日はホテルで休むッス」

 言うが早いか、愛すべき小さな手はその手中へ収めたまま、スフィアプールへ向かう道とはまた別の方向へ歩き出す。

 「えっ?!あの!・・・ティーダ?!」

 「大丈夫。ちゃ〜んと部屋にはスフィアモニターが設置されてるから」

 振り返り一言だけそう言うと、まとめてあった髪をぐしゃりと掻き揚げて、ティーダはこの上もなく幸せそうに微笑んだ。

fin

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