指笛を吹いて

 

「あ、あれ?えと、えええ?」

幾度試してみても、指の間から聞こえてくるのは情けない音ばかり。

最愛の人と別れ、胸にぽっかりと開いた穴を埋めるように必死に吹き続けた約束の証。
毎日毎日、時間が許す限り吹き続けて、あの日彼から聞かせてもらったどこまでも突き抜けていくような指笛を、ようやく体得したというのに、いざその成果のほどをお披露目する段階に至って『まったく出来ていない』状況がユウナを慌てさせた。

「まだまだッスねぇ」

隣に座る恋人は、まるで悪戯を見つけたように楽しげに笑う。

「ち、違うもんっ!ちゃんと、もっともっと上手に吹けてたもんっ」

ユウナは赤く染まった頬を膨らませ、大きく深呼吸をするとゆっくりとその細い指を口元へ宛がい指笛を吹いたが、その結果はティーダが居ないあの日々に繰り返されていた音色とは格段に違って聞こえて更に心を焦らせた。

ティーダがスピラへ帰還を果たして数日が経った。
彼にとっては一瞬に過ぎなかった時間も、実際は2年という長い月日がまたいでおり、シンの脅威が去った各地をゆっくり旅をしながら巡ってみよう、とユウナから言い出した。
そう、ゆっくり、徒歩で。
この案に関しては、セルシウスに搭乗しているリュックから盛大な抗議を受けたのだが、自身の目と足で確かめたいのだと言うティーダに渋々譲った感がある。
ビサイドから乗った連絡船に揺られ、心地の良い午後の太陽に誘われて、甲板へ出ようとティーダの腕をとったのは、ユウナ自身。
青空と白い雲にあのビサイドでの日々を思い出し、ルカで交わしたあの約束の指笛が上手に吹ける様になったのだと、それはもう自信満々に言ってのけたのだ。

なのに、何度繰り返しても上手く吹くことが出来ない。
隣で微笑む愛しい人の姿に気持ちばかりが焦ってしまう。

違う

違う

もっと綺麗だった

もっと遠くまで届いてた

絶対にキミへ届くように

絶対にキミに届いていた、あの音

けれど、何度試してみても結果は同じ。
綺麗に聞こえていても自分の求めているそれとはだいぶ違う。

そんなユウナの必死の格闘を隣で大人しく眺めているティーダはなんだか酷く幸せそうで、その笑顔だけが救いだったけれど、でも、どうしても、あの指笛を吹ける様になった自分を見て欲しかったのも事実なわけで・・・。

「お、おかしい、な・・・出来てたんだよ?」

視線だけ横に移して恋人の様子を窺うと、必死に笑いを堪えているらしいのが見てとれて少しだけ面白くない。

「もうっ笑いすぎ!」

「ご、ごめ・・・っ。つか、笑っても、い?くく、あははははははっ」

了解を取るまでもなく笑うくせに。

太陽の光に反射して、いつにも増して輝く黄金の髪を揺らし、楽しそうに、嬉しそうに、そしてなにより幸せそうに笑う恋人の姿に、怒り続けることも出来ないユウナもつられて笑った。

「だってさ、ユウナ可愛いすぎっ!あは、あははははは!」

「本当に本当なんだもん!キミみたいに吹けたんだからね!いいもん、また練習するからっ」

そして再び口元に運ばれた指をティーダの大きな手が掴み取った。

「ユウナ?」

「な、なあに?」

「いいんだって、もう」

「いい?」

言葉の意味を理解しきれず戸惑うユウナへティーダは笑顔のまま頷くと、もう一度、今度は祈るように小さな声で『いいんだって』と繰り返した。
掴んだユウナの手を引き寄せ、指先に口づける。

「もう、指笛が上手に吹けなくてもいいんだって。だってさ、これからは絶対に離れたりしないんだから」

それはまるで、誓うような、祈るような、そんな声。

言の葉に込められた想いは力強く思わず、覗き込んだ青の瞳は真摯な光で溢れていた。

「も、いいの?」

「うん、いいの」

指笛がなくても?

「すぐに、来てくれるの?」

待たなくても?

笑顔で『もちろん』と肯定されて、不覚にも泣き出しそうなったけれど、抱きしめられて、その温もりに決壊しかけた涙腺がなんとか思いとどまってくれたことにユウナは少しだけ安堵した。

ティーダの胸に頬を寄せその鼓動に瞳を閉じると、「それにさ」となにやら諦めにもとれてしまいそうな口調で「指笛ぐらいオレの方が上手でもいいと思う、絶対」などと言うのだ。

耳元に滑り込んできた呟きに『どうして?』と尋ねると、ティーダは少しの逡巡の後、ため息をつき空を仰いで告白をした。

「だってオレ、ユウナに勝てるとこないもん」

見上げると、はにかんだ笑顔の恋人と青い空。

彼の肩越しにスピラカモメが一羽見えたけれど、すぐに瞳を閉じてしまったユウナには寄り添うように飛ぶもう一羽を確認することは出来なかった。

fin

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