あのね?とっても、とっても嬉しかったの。
甘甘
ぴょこん。
ぴょこん。
赤い玉が右へ左へ揺れる様を愛しげに見つめているユウナが声を潜めて笑う。
手にしているのは最愛の人からもらったモーグリのぬいぐるみ。
スピラへ帰還して間もない彼が、ビーカネル砂漠発掘のアルバイトをして自分へ買ってくれた初めてのプレゼントだ。
生まれてこの方『ぬいぐるみ』などお土産に貰ったことがなかったユウナは、それはもう喜んだのだ。
以来、そのぬいぐるみはユウナの傍を片時も離れず、彼が練習などで家を空けている間は、愛しい人の代わりとして彼女の腕に抱かれている事が多かった。そして今、そのぬいぐるみの贈り主は居間に置かれたソファーに寝そべり惰眠を貪っている。
昼までの練習を終え昼食を済ませた後、気持ち良さそうに閉じられた瞳を起こしてしまわないようにユウナは細心の注意を払いながら、読みかけの本と大切なぬいぐるみを手に向かいのソファーへと腰掛けた。
―――静かで、穏やかな時間・・・。
開け放した窓からは微かに潮の香りがする心地よい風がそよそよと吹き、眠る彼の黄金の髪を優しく揺らす。
耳に届く潮騒はどこまでも優しく穏やかで、夢の世界でのBGMにはもってこいだ。
幸せそうなその寝顔を見つめていると、時間の経つのも忘れてしまうほどに、愛しさで胸がいっぱいになる。
ずっと彼の寝顔を見つめていたくて読みかけの本は一向に読みかけのまま再び閉じられ、傍らに置かれていたぬいぐるみと彼を交互に見比べてはクスクスと笑っていたのだ。まさか、初めてのプレゼントが『ぬいぐるみ』だとは思わなかった。
それ以前に彼から何か贈り物をしてもらいたいなどとは、つゆとも思っていなかったというのに、この不意打ちともいえるプレゼントだ。
後にリュックがコッソリと教えてくれたのだが、あの急とも言えるビーカネル砂漠発掘の依頼は他でもない『彼』本人がバイトの口はないかとリュックに相談を持ちかけた為に舞い込んだものだったらしい。『ユウナんが好きなもの、アタシが教えてあげたんだよ〜!』
胸を張り得意気にそう言う愛すべきアルベドの少女に、ユウナは笑顔で『ありがとう』としか答えることが出来なかった。
まだ、『彼』を探してあちこち飛び回っていたあの旅の折、ユウナは目の前に突然現れたモーグリの幻を追ってルカの街を駆け抜けたことがある。
今にして思えば、あれは明らかに『彼』の思いの欠片であったとユウナは確信しているが、一緒にいたリュックとパインには『見えなかった』と言うのだ。多分、『あの時』に凄まじく誤解されたのだろうと密かに思う。
ユウナとて可愛らしいものが『嫌い』というわけではない。
いや、むしろ好きな方だ。
ただ、召喚士になる為に修行に明け暮れ、すぐに旅立った彼女には無縁の物だっただけに、『お土産』と手渡された箱の中身を見た瞬間の、あの感動はいまだに忘れられない。
「だから、今は誤解されたままでもいいかな?」
ユウナは手にしたモーグリに向かって小声でそう言うと、実に幸せそうに笑った。
1メートル先には、安らかに眠る最愛の人の姿。
自分で手繰り寄せたこの幸せが、この先もずっと続いていくのだと思うたびに、嬉しくて叫んでしまいそうになる。
ぴょこん!
目の前で揺れる赤い玉にユウナは優しく微笑みかけると、ぬいぐるみの頬へそっと口づけ照れたようにぽつり、と呟いた。
「あの・・・ね?このぬいぐるみに・・・えっと・・・キミの名前、つけても・・・いいよね?」
ユウナは愛しい人の代わりに、とでも言わんばかりに『ティーダ』を ぎゅう!と抱きしめると、自分が座っていた場所へ丁寧に座らせ台所へと向かって行った。
そんな愛らしい姿をコッソリと盗み見ていた青の瞳が、なんともいえない複雑な色を湛えて目の前に座るモーグリへと視線を移す。
「・・・なんか、複雑ッスね・・・それ・・・」
目の前にいるのだから、キスも、抱擁も、どうせならば『自分』へしてもらいたい。
密やかに自分と同じ名をつけられたぬいぐるみに、少しだけヤキモチを焼いている己へ小さく苦笑したティーダは、台所から聞こえてくるユウナの小さな歌声を子守唄に、再び心地の良い眠りの世界へと戻っていったのだった。
fin
帰還後すぐにリュックに頼んでアルバイトしたその後の話です。(笑)