ちゃんと、覚悟してるんだよ?だってそれは、キミが素敵だって証拠なんだもの。

 

 バレンタイン

 

 「1つも受け取らなかったの?!」

 「そんなに驚くところッスか?そこ」

 セルシウスにあるユウナの部屋へ ルカから『帰宅』したティーダへ向かい、彼女はこれ以上はないというくらいに驚いてみせた。
 今日は年に一度、意中の男性へチョコレートや贈り物を添えて女性から告白をする日・・・バレンタインだ。
 シーズンオフとはいえ、ブリッツの練習はしっかりとあり、尚且つこの時期は各チームとも『狙いすました様に』ルカのスフィアプールで『合宿』を組んでいる。
 地元にいるよりも人が集まってくるこの地での方が回収率が高いからだ。

 ご多分に漏れず、ビサイド・オーラカもルカで合宿に入っており、当然強制的に参加させられているティーダもルカとセルシウスを行ったり来たりしていた。

 その合宿の最終日が、バレンタイン当日なのだ。

 

 ユウナは正直、合宿があると聞いて内心ホッとしていた。
 ティーダが出かけている間に、コッソリと彼へ渡す為のチョコレートケーキが作れたからだ。
 別段、内緒にしなくてもいいのだが、やはり当日までは彼に知られたくはないというのが乙女心なわけで・・・。
 上手に出来る保障はどこにもないのだけれど、きっとどんな物でも大喜びしてくれるであろう事ははっきりとわかっている。

 そして、一躍ブリッツボール界のスターになってしまった恋人に、自分と同じ想いの女性がたくさんいるであろう事実も、ユウナはしっかりと認識していた。

 

 だから、今日はそんなたくさんの『想い』を持って帰ってくるのだろう、と ちゃんと『覚悟』をしていたのだ。

 

 それなのに帰ってきた愛しい人は、両手どころか片手にすら何も持っておらず、あまつさえ『1つも受け取らなかった』などと言う。

 普段から愛想も良く、ファンを大切にする彼の言葉だと、にわかには信じ難い。
 驚かないほうが絶対におかしいと、ユウナは切実に思う。

 「だって、皆真剣だから、尚更受け取れないっスよ」

 ユウナのベッドへ腰掛けて肩をすくめてみせるティーダを見て、なんとなく胸が痛む。
 彼の言っていることは、もの凄くわかるのだ。
 それはとてつもなく誠実な反面、年に一度のこの日の贈り物をすべて断ってしまうなど 可哀相ではないか?と、ユウナは自分の気持ちは差し置いてそう思ってしまう。

 「でも・・・」

 何かを言いかけるユウナへ、ティーダは両手を差し出し悪戯っぽく微笑む。

 「・・・というのは『建て前』で、ユウナのが一番に欲しかったからッスよ」

 「・・・・・・・・・あっ!」

 目の前でニコニコしながら両手を差し出して待っている恋人の本音に、胸がつぶれてしまいそうな幸福感にどうにかなってしまいそうになる。

 「ワッカが受け取ってくれてるッスよ。明日もらうから。・・・・・・・・ユウナは、くれないッスか?」

 少しだけ心配そうに自分を窺っている青の瞳に現実へと引き戻されたユウナは、慌ててテーブルの上に用意してあった箱を取りに行き、少しだけ頬を赤らめながら差し出された両手にそっと乗せると、ティーダは綺麗にラッピングされたそれを嬉しそうに眺めてから、早速包みを開けだした。
 ユウナはそんな彼を見つめながら、そっと隣へ腰掛ける。

 「手作り?」

 「うん。上手に出来たと思うんだけど・・・」

 凄まじく嬉しげなティーダの横顔を見ていると、先ほどまでの自分の思いはどこかへ吹き飛んでしまっていることに気がつき、内心苦笑してしまう。
 なんて自分はゲンキンなのだろうか?

 箱の中で愛しい人を出迎えた控えめで可愛らしいチョコレートケーキを『待ってました!』と言わんばかりに頬張っているティーダに、ユウナは思わず笑ってしまった。

 「あに?(なに?)」

 「ううん、なんでもないよ?」

 指についたチョコレートを舐めながらこちらを不思議そうに見つめるティーダが可愛らしくて仕方がない。
 この気持ちを彼にそのまま伝えてしまったら、その後どんな展開になるのかは火を見るよりも明らかだから、ユウナは決してそのことは口にはしない。

 「これって、酒も入ってる?」

 「うん。だってキミ両方好きだから」

 甘党でお酒も飲める彼に、喜んでもらえるだろうか?と案じながら作った甘い甘いチョコレートケーキに、少し多めに洋酒を入れた。
 ケーキを作っているユウナのほうが、その香りで酔ってしまいそうだったのだけれど 目の前の愛しい人は気にも留めずに食べ続けているところを見ると、そうたいした量でもなかったらしい。

 「美味かったッス!ありがとう、ユウナ!」

 あっという間にたいらげて満面の微笑でこちらを見るティーダに『どういたしまして』とお辞儀してみせる。
 ごろりと横になった彼の口の端にチョコレートが付いていることに気がついたユウナが、くすくすと笑いながらその顔を覗きこみ、

 「チョコ、ついてる」

 と教えると、一瞬何かを考えたような青い瞳が、すぐさま悪戯っぽい光をたたえた。

 ユウナが逃げられないように、逞しい腕で彼女の腰の辺りをガッチリと拘束すると、上体だけを起こして顔を近づけ、少し掠れた声で甘く囁いた。

 

 

 

 「・・・舐めて?」

 「・・・・・・・・・・っえ?!」

 これ以上はないというくらいに瞳を見開いてこちらを見たユウナの顔が、殺人的に可愛らしい。

 「チョコ。・・・どこだと思ったッスか?」

 「どこって・・・!もう!バカバカ!!」

 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤に染めたユウナが、精一杯の抗議をしようと口を開きかけるがその抗議こそが可愛らしいと、すっかり溺れきっているティーダにはまったく効き目がない。

 

 「あはははははっ!ごめっ・・・くくく・・・あは、キス!キスしよ!今ならまだ甘いから!!」

 

 そう言いながら優しく口づけてくれる愛しい人に、ユウナは心の中で密やかに思う。

 

 (・・・キミのキスは、いつだって甘いんだよ?)

 

 チョコとリキュールの香りのするキスはいつも以上に甘くて、少しだけ目眩がするユウナだったけれど。

fin

ティーダに『舐めて』って言わせたかったんです。(自白)
ごめんなさ・・・っ!←(笑)

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