君の唇に触れたあの日から、オレのすべては君のものだったよ?
ホワイトデー
一年目のその日には両手で抱えきれないほどのバラの花と、色とりどりのキャンディーが入ったガラス瓶。
2年目には彼女が好きなブルートパーズのついた可愛らしいネックレスとガラス瓶に入ったキャンディー。
そして、3年目の『今日』は―――――。
「ユ〜ウ〜ナ?」
聞き慣れたエンジン音に混じって耳元に滑り込んできた愛しい人の声に、心地の良い眠りの世界からゆるゆると意識を覚醒させる。
ぼやけた視界がはっきりしてくるにつれ、目の前で微笑んでいる青年の顔がしっかりとした線で縁取られユウナの口元に自然笑みが零れた。「・・・おはよ・・・う?」
両目を擦りながら問いかけるも部屋の中は暗く、申し訳程度に作りつけられている小窓からは月明かりが差し込んでいるところをみると、お世辞にも『朝』とは言い切れないな、となんとなく思う。
「ユウナ、キス!!早く、早く!」
「・・・え?ティーダ・・・んぅっ?」
深夜に起こされ状況判断もおぼつかないユウナの唇をティーダはやけに嬉しそうな顔で性急に塞ぎ舌を差し入れてきた。
「んんっ?!」
普段とは違う強引なキス。
ティーダの舌でなぶられ、絡めとられて、やがて口中に広がったのは・・・・。
「・・・・・・・甘・・・・・・・・っ」
「はああああっ間に合ってよかった〜〜〜〜〜っ」
ユウナの隣へどさり、と寝転がった恋人が安堵のため息をつきながらクスクスと笑う。
「え?え?間に合うって、なあに?ねぇ?どうして甘いの?!」
ユウナは慌てて上体を引きこし、愉快そうに笑い続けるティーダの顔を覗き込むと、笑い上戸の恋人はその様子も面白くてたまらないらしく、大笑いしそうになるのを我慢しながらベッド脇のサイドボードの上に置かれたガラス瓶を指差した。
「・・・・・キャンディー?!」
ランプの横にちんまりと置かれているその瓶の中には色とりどりのキャンディーがぎっしり詰まっており、僅かな光源にキラキラと輝いている。
ルカの有名な洋菓子屋で売られているそれは、以前ユウナが『美味しい』と感激したことから決まってホワイトデーのお返しにティーダが贈ってくれる品物で・・・。「ホワイトデー一番乗りッス」
「一番・・・って・・・!」
思い返せば昨日(といってもつい先ほどの話だ)のティーダはどこかおかしかった。
いつも何かといえば甘えてくるくせに、昨夜に限ってはユウナにもの凄い勢いで就寝を促したのだ。
折りしもスフィアハントから帰ってきたばかりで身体も疲れていたこともあり、ティーダに勧められるままにユウナは床についたのだった。
「・・・もしかして、日付が変わったらって思ってたから?」
ユウナはすっかり目の覚めてしまった身体を起こしてもぞもぞと座りなおすと眼下の恋人の様子を窺うように視線を落とす。
「そ。甘いうちにキスしたかったから」
―――甘いうちに。
「美味しかった?」
悪戯っぽく笑う相手に素直に『美味しかった』と言うには少しだけ恥ずかしくて。
「・・・甘かった、よ?」
やっとの思いで捻り出したのはそんな一言だったけれど。
いつもならば恥ずかしがる自分をからかうように、それでも『美味しかった』と言わせるまで諦めないティーダがあっさりと『良かった』と笑ったのに拍子抜けしてしまう。安心したような、少しだけ残念なような複雑な思いにかられていると、目の前の恋人はおもむろにガラス瓶の中からキャンディーを一つ取り出し口の中に放り込むと、艶然と微笑みこう言い放った。
「ああ、ユウナ?今年のホワイトデーは『オレ』だから!」
「・・・・・・・・・・・・・『キミ』?」
言葉の意味を理解する前にユウナの視界が反転する。
シーツの波に縫いとめられて、
月明かりにも綺麗に輝く青い瞳に吸い寄せられて、
「しよっか?」
いつも必ずしてくれる小さな問いかけは、その声だけで自分の身体を甘い疼きの中へ引きずり込んでしまう。
「・・・・・・・・・・・・うん」
ユウナが頬を染め、かすかに頷いたのをしっかりと確認したティーダは、愛する人から『ズルイ』とお褒めのお言葉をいただく必殺のハニースマイルをもってしてホワイトデーの説明を申し上げることにする。
「ユウナ?」
「・・・なあに?」
「言ったろ?今年のホワイトデーは『オレ』なの。」
「うん?」
「だから今日はユウナの言うことしか聞かないから」
「・・・・・・・え?」
「・・・命令して?どうして欲しい?」
スピラに帰ってきてから3年目のホワイトデー。
『もの凄く悩んだんだけど、やっぱ王道でしょ?』
そう言ってシニカルに笑ってみせる恋人は、全身ピンク色に染め固まってしまったユウナの唇に甘い甘いキスを贈ったのだった。
fin