どうか、このささやかな祈りが届きますようにと。

 

 クリスマス 

 

 

 何度も試作を重ねて出来上がったスポンジケーキは大成功で、冷めた頃合いを見計らって3枚に切り分ける。
 失敗作の膨らんでくれなかったスポンジ台はせいぜい2等分するのがやっとだったことを思えば、言うことナシの出来であることにユウナは幸せそうに小さく笑った。

 そして、売られているケーキでは考えられないというくらいにスライスしたイチゴを挟み、真っ白なクリームと共にサンドする。
 3段重ねになったそれは吃驚するような大きさで、完成品を目の前にした愛しい人がどんな顔をしてくれるかを想像するだけで楽しい気分になった。

 自然と零れ出る鼻歌に気分は更に高揚し、たくさんのプレゼントを抱えて買い物から帰ってくるであろう太陽の化身へ想いを馳せる。

 

 

 『オレって、クリスマスまともに過ごした記憶がないかも』

 

 

 きっかけはそんな何気ない一言。

 3年前はそれこそ『クリスマス』どころの騒ぎではなく、とにかくシンを倒すことのみに集中していた。

 そして、平和が訪れて初めてゆっくりと過ごした『クリスマス』という祝いの日に必要不可欠だったあの存在は自分の傍らにはなかったのだ。

 

 そして、追いかけて待ち焦がれて掴み取った先に訪れた奇跡の先には・・・ティーダ。

 

 今年こそは聖なる夜を愛しい人と過ごせるのだと、ささやかであるけれどユウナにとっては素晴らしい事実をティーダに告げると、嬉しそうに微笑み頷いた恋人が何かを思い出したようにポツリと呟いたのがあの一言だった。

 

 

 ビサイドの小さな家で、2人だけで過ごそう。

 ツリーを買って2人で飾ろう。

 ケーキを焼いて2人で食べよう。

 食べきれないほどのご馳走を前に2人で笑おう。

 窓越しに見える星空を2人で見上げて内緒の話をしよう。

 

 

 

 他人から見ればささやかすぎるかもしれないそんな日は、ティーダとユウナにとっては最大級の贅沢で。

 そんな素敵な贅沢を堪能するべく愛して止まない恋人は、すぐ傍に住んでいる兄と共にポルト・キーリカまで買出しに出掛けている。
 多分、ワッカに呆れられるほどにたくさんの買い物をしているに違いない。

 そして、クリームを泡立てる。

 デコレーション用に取り置いていた生クリームに細かく刻んだイチゴを混ぜて、淡いピンクのクリームを作る。
 少しだけゆるめに仕上げたそれを3段重ねの上へ流し込み、一気に撫でつけデコレーションは完成。
 サンドした以上に吃驚するような量のイチゴを隙間なく飾ると、ユウナは出来上がった作品に向かい安堵のため息をつき心の中でひっそりと自画自賛してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 「たっだいまー!!」

 「おかえりっ」

 待ち焦がれた愛しい人の帰宅の声にユウナは笑顔で出迎えると、つい今しがたまで奮闘していた努力の成果を褒めてもらうべくその背を押してテーブルの前まで誘(いざな)った。

 「うっわ・・・っ美味そう!!」

 テーブルの上には所狭しとご馳走が並べられ、中央にはユウナの力作であるところのデコレーションケーキが自分の出番を今か今かと待ち望んでいた。

 「上手に出来たでしょう?!」

 「すげぇ!・・・つか、腹減ったかも」

 「ワッカさんは?」

 「そこで別れたところ。イナミにいっぱいプレゼント買ってたッスよ。無駄遣いだってルールーに怒られるな、絶対」

 両手に抱えられたままの大きな紙袋から次々と『ユウナへのプレゼント』手渡しながらワッカの心配をしているティーダへ『キミもそう変わらないよ』とユウナが苦笑してみせると、愛しい青年は青い瞳を嬉しそうに細めて『まあね』と笑ったのだった。

 

 

 急に来襲した空腹を我慢してクリスマスツリーを2人で飾る。

 ビサイドでは絵本で読んだようなホワイトクリスマスは望めないけれど、それでも雰囲気は御伽噺の中の空気そのもので。

 

 

 「ユウナユウナ!食べてもいい?!」

 「ああ!だめっす!待って待って!!」

 今にもケーキに手を伸ばそうとしているティーダの動きを慌てて止める。

 「ええええっなんで?!」

 「ろっろうそく!!ろうそく立てるの!!」

 台所から大急ぎで持ってきたろうそくの束を掲げて見せ、ティーダの目の前でユウナは一本一本丁寧にケーキへと飾りつけた。

 「・・・なんか、ろうそくの数多くないッスか?」

 最初こそ楽しそうにユウナの動作を眺めていたティーダだったが、その本数が12本を越える頃にはさすがにおかしいと思いだしたらしい。

 「多くないっすよ?あと1本・・・っと」

 「・・・19本?誕生日・・・じゃない、よな?」

 「うん」

 ろうそくを飾った時と同じように丁寧に火をつけてまわるユウナの『うん』の真相がつかめない。

 「はい。ティーダ君初めてのクリスマスの分」

 「へ?」

 「これは、2歳」

 「ユ、ユウナ?」

 「これは、3歳、4歳・・・5歳」

 ユウナの声に合わせて小さな灯火が一つ、また一つと増えてゆく。

 「・・・17歳」

 17本目のろうそくへ火をつけたところでユウナがその動きを止め、向かいに腰掛けたティーダの瞳を捕らえ笑った。

 「あのね、キミが過ごすはずだった幸せなクリスマスの灯(ひ)なの」

 「・・・17・・・」

 「そう。こんなこと、思うのっておかしいけどね?過去のキミにも届けばいいって思って」

 「ユウナ・・・」

 ユウナのささやきは祈るように歌うようにティーダの気持ちを揺さぶって

 「そして、残りの2本は・・・私達の2年分」

 ろうそくの灯に照らされた愛しい少女の笑顔はまるで、絵本で見た女神様のようで

 「ユウナ、なんか、泣きそうなんだけど、オレ」

 思わず零れ出た本音に色違いの瞳が楽しそうにその姿を写し、ゆったりとした動作でティーダの隣へ腰掛けた。

 

 「だめっす。2人で笑ってね、キミと私に届くように」

 

 過去の自分達へ―――。

 

 頬を寄せ合い

 

 祈りを込めて

 

 

 「メリークリスマス」

 同時に吹き消したろうそくの煙がゆらめきふわりと消えたのを見て、密やかに微笑みあう恋人達は『過去の自分にもこの温もりが届けばいいのに』とささやかに祈ったのだった。

FIN

 

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