可愛すぎて、困る。

 

 踊りませんか?

 

 最近とみに忘れがちな『ある事実』を突きつけられているようで、こういう行事は嫌だ、とティーダは心の中でぼやいてみる。

 ブリッツボール開幕の式典。

 毎年毎年やっているんだから、いちいちパーティーなぞしなくてもいいだろうと真剣に思う。

 愛しい愛しいユウナは10メートル先で『大召喚士様』の笑顔を振り撒き、人々に囲まれ、いまだ自分の下へ帰ってきそうにない。

 かたや自分の方はといえば、『ビサイド・オーラカのエース』として同じく様々な人に囲まれ、自由に歩き回ることすらままならないのだ。
 スポンサーの手前もあるし、ワッカの顔だって立ててやりたいという一心で、このユウナとの微妙な距離を我慢して今に至る。
 あの煩いけれど愛すべき『兄』に、自分が何か出来るのならば、きっとブリッツに関すること以外ないと思っているから。

 それでも一通り挨拶を交わし、ようやく解放された我が身はまだマシだ。
 ユウナに至っては、多分、このパーティーが終わるまであんな調子に違いない。

 「いや、オレ、あそこの夫婦に尽くしすぎじゃないか?」

 思わず零れ出た本音は誰の耳にも届かない、小さな呟き。

 『兄』にはブリッツでこき使われ

 『姉』にはユウナの幸せを見張られ

 「ま、いいッスけどね」

 怒るとなにより怖い美貌の黒魔導師を思い出して、堪えきれずに密やかに笑った。

 

 全部、好きだから。

 

 ブリッツも、ユウナも、今自分を取り巻くすべてのものが好きだから。

 

 素直に、感謝。

 

 けれど、普通に生活していると、つい忘れてしまうお互いの『肩書き』に、閉口せざるを得ないのも仕方がないことで・・・。

 

 

 意識するでもなく自然に視界に捕らえるユウナの姿は今日も綺麗で、思わず見惚れている自分に気がついて可笑しかった。

 そう、今日『も』可愛い。

 特別可愛い。

 パーティー用にと無理矢理な理由を引っ付けて、強引に買ってあげたサーモンピンクのワンピースが殺人的に可愛らしいのだ。
 つい3時間前、着替えを済ませたユウナが『似合うかな?』と、照れながら目の前にご登場なされた時には、今着替えたばかりのその服を脱がして、それはもうどうにかしてやりたいとさえ思ってしまった。

 そして、キスだけで思いとどまった自分に喝采を送る。

 脆弱極まりない理性にも『根性』、が備わったのだと、真剣に感心したくらいだ。

 髪もきっちりアップして、ワンピースと共布で作られた大きな薔薇の髪飾りが可愛さを倍増させている。
 時折視線が合うと少しだけ頬をピンク色に染めて小さく手を振るさまが、また可愛い。

 

 

 「オマエ、見惚れすぎだっつの」

 

 

 聞き慣れた悪友の声と後頭部に受けた軽い衝撃に、ティーダは手にしていたグラスを取り落としそうになりながらも、慌てて声のした方へ振り返った。

 「よう、ユウナ様バカ」

 「うるさい、マキナバカ」

 年々、スフィアプールのそこかしこにも機械が導入されつつあり、そのメンテナンス含めマキナに関係する様々なことをマキナ派が請け負っている。
 一応、大会関係者ということで無理矢理引っ張り出されたであろうマキナ派のリーダーであるギップルが意地の悪い笑みを口元に浮かべてもう一度ティーダの頭を軽く小突いた。

 「さすがに今日はマシな格好で」

 機能性重視で油まみれの服を普段着にしている悪友の右肩に、拳をぽかりと当ててにやりと笑う。

 「おう、バラライが煩くてな」

 「ああ、さっき会ったッスよ。相変わらずキザだった」

 とりとめもない会話を繰り広げながら会場の隅に移動し、お互いの近況を報告しあう。

 「おう、今度発掘来いよ」

 「なに?それって依頼ッスか?」

 「部品が足りねぇ」

 トーナメント開催を明後日に控えたスター様に、ぬけぬけと『発掘に来い』というギップルに盛大に吹き出して『無理!』と答えさらに笑う。

 「おう、ユウナ様はずっとあんなか?」

 突然切り替えられた話題にティーダは戸惑うことなく笑顔で頷き、この男のこういう話し方に慣れきっている自分に感動すらおぼえつつ会話を続けた。

 「大召喚士様ッスからねぇ。やっぱ、こういう行事に出てきたりすると忙しいかな?」

 「へぇ、やっぱ大変なんだなぁ、大召喚士様は」

 「まあね。ってか、オレもスター様なんだけど」

 他愛ない軽口の応酬は心地よく、体内に適度に入ったアルコールで気分も上々。

 そう、あとは隣に愛しい人さえ居てくれれば、今日のイベントは完璧に楽しいものなのに。

 

 「おう、ユウナ様奪還のチャンスだぜ」

 「へ?チャンスぅ?」

 ギップルの囁きに間の抜けた返事をするティーダの耳にするりと入り込んできたピアノの調べ。

 会場へ目を向けると中央では男女のカップルが優雅に踊っているではないか。

 

 「うっわ。オレ無理だって」

 思わず腰が引ける。

 スポーツは好きだし大体のことはこなせる自分も、あの『社交ダンス』とかいう競技だけはどうしても上手く立ち回れない。

 ちらり、とユウナを窺うと、目の前で展開されている優雅な世界を羨ましげに見つめているように見えて、さらに心臓が跳ね上がった。

 「こういうのは無礼講だからなぁ。このままだとユウナ様は誰かに誘われるかもしれねぇなぁ」

 「無礼講って、それ、絶対に間違ってると思うッス」

 それでもギップルの指摘はあながち間違ったものでないこともわかっているから、そんな事態に陥る前に何とかしなくてはならないのも事実なわけで。

 「おお、ほれ、そんなこと言ってる間に出てきたぜぇ?悪い虫」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・っバ!!」

 

 

 『バラライ』と叫びかけて思いとどまる。

 ユウナの許へ挨拶の為に現れたのであろうエボン党議長その人が、愛しい人となにやら楽しげに会話をしている姿が目に飛び込んできたのだ。

 「・・・絶対、踊りませんか?とか、言いそうッスね・・・素で・・・・」

 「言うぜ、あいつは。間違いなく言う」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行ってくる」

 項垂れつつそれでもしっかりとした足取りで恋人の許へと向かうブリッツ界のスターの背中へ向けて、ギップルは盛大に吹き出したのだった。

fin

 

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