声に出して呼んでみたいの。・・・だけど・・・・。

 

 ごめんね

 

 「ダメだなぁ・・・私・・・」

 

 小さな呟きとともにため息が漏れる。

 朝食の準備が出来たからティーダを呼んでくるようにとリュックに言われ、未だユウナの部屋で寝ているであろう恋人を、起こしに来たまでは、良かった。

 カーテンの隙間から射し込む陽の光にキラキラと輝く黄金の髪に見惚れながら、いざ彼を起こそうと声をかけるのに、突然どうしていいのかわからなくなってしまったのだ。

 「え〜っと・・・おーい?寝ぼすけさ〜ん。朝ですよー?」

 少しの逡巡の後、やっと出た起床を促す言葉が自分の心の中で思うこととはまったく反対だったことに猛烈に落ち込む。

 「んあ?・・・おはよう、ユウナ」

 ベッドの中でまだ覚醒しきれていないティーダがふにゃりと笑う。
 急激に湧き上がって主張する愛しさに胸を高鳴らせながらも、落ち込んでいるという事実を悟られないよう 慌てて部屋を出てきたのだ。

 「ダメだなあ、ホントに」

 ブツブツと我が身の不甲斐なさに文句を言いながら、朝食が用意してある共同居住区のフロアを素通りして甲板へ向かう。
 少しだけ外の空気を吸い、青空を見て、仕切りなおそうと思ったからだ。
 エレベータを降りると、朝のすがすがしい空気と今日一日の晴天を約束するかのような青空。
 深く息を吸うと落ち込んでいた気分が少しだけ浮上したような感じにさせられて、なんだかスッキリする。

 

 「・・・・・・・・ティーダ」

 

 目を瞑り、ゆっくりと、けれど小さく愛しい人の名を呼んでみる。

 たった一度声に出しただけで、こんなにも恥ずかしくなってしまう自分が情けない。

 

 もしも、もう一度彼と巡り逢えたなら、必ず名前を呼んであげるんだ。

 

 そう固く心に誓っていたというのに、いざ本人を目の前にすると その想いはどこかへ飛んでゆき、結局は『キミ』だとか、『ねえ』だとかでお茶を濁してしまうのだ。
 ティーダ本人がそのことに対してどう思っているかは別として、とにかくユウナはそんな自分に歯噛みする思いの毎日を送っているのが現状だ。

 赤くなった頬を両手で押さえて、もう一度練習する。

 「ティーダ、ティーダ、ティーダ」

 言の葉に乗せるだけで、愛しさに眩暈がする。
 名前を呼ぶだけでこんな風になってしまうのに、本人を目の前にしてなんて考えられないとも思う。

 

 「ティーダ」

 「何?」

 

 突然の後方から聞こえたありえないはずの返事に、ユウナの頭の中は一瞬空白になる。
 ・・・が、そろり と振り返った先には悪戯っぽい微笑みを浮かべた『ご本人』様が居て、そうなると今の自分の恥ずかしい練習を目撃されたということで・・・。

 「・・・・・・・・!」

 「朝飯に行ったら居ないからさ。ここかなーって思って」

 状況を理解できたのはいいのだけれど、この後どうしていいのかわからない。
 身体中を駆け巡るのは、猛烈なまでの羞恥心で このまま甲板から飛び降りてどこかへ逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
 ティーダはといえば、さも楽しそうに笑いながらユウナへ向かって歩いてくる。
 もう、なにもかも見透かされているような気分になって居たたまれなくなったユウナは、思わず目を閉じてしまう。

 気配でティーダが目の前までやってきたことを察知して、ぽつりと呟く。

 

 「・・・ごめん、ね?」

 「何がッスか?」

 

 たとえ瞳を閉じていても、彼が今どんなに楽しそうに笑っているのか容易に想像がついてしまう。

 愛しい人の名を、ユウナが臆面もなく呼べるようになるのは まだまだ相当先のことになりそうである。
 それならば正直に、『そう出来る様になるまで待ってて』と言ってしまった方が気分的には断然楽だ。

 そう決心して口を開きかけたユウナを牽制するようにティーダは素早くキスをすると、にんまり笑ってこう言ったのだ。

 

 「オレ、ユウナに『キミ』って呼ばれるの、嫌じゃないッスよ?」

 「・・・っ!」

 

 『見透かされている様な』ではなく、『お見通し』なのだ。

 何も言えなくなってしまったユウナの手を引きながら前を行く青年は、この上もなく楽しそうにしている。
 真剣に反省していた自分が馬鹿みたいに思えるほど幸せそうな恋人は、エレベーターの前でくるりと振り返ると、ユウナの耳元で低く囁いた。

 

 

 

 

 「『してる』時にいっぱい名前呼んでくれるから、十分っすよ?」

 「・・っや!エッチ!!」

 

 

 

 この一言が今日一日のユウナのご機嫌を損ねたのは、言うまでもないのだけれど・・・・・。

fin

ty−top