ちょっと、ビックリしたかも。
不安
『目が点になる』
ビックリした時、そんな風に例えるなぁ、などとティーダは心の中で妙に感心した。
何故なら今まさに自分がその状況下にいるからだ。
目の前に座るユウナに向けて凄まじくマヌケな顔を晒しているであろう自分に、思わず笑い出してしまいそうになるのをグッと堪える。
思いのままに笑ってしまうには、こちらを見つめる色違いの瞳があまりにも真剣で、彼女のご機嫌を損ねたくない、という気持ちがあったからだ。
きっかけはユウナのささやかな疑問符。
ベッドに腰掛け多愛もない会話を繰り広げていたそんな時だった。
『あのね?キミは、その、つけたりしたくないのかな?』
つける?
イキナリの質問に、一体『何を』、『どこに』、『つけたくない』のかが解らず、ティーダは首を傾げて見せるしかなく、発言した本人がそのすぐ後に赤面したことから推察するに、どうやら素直に言い出しにくい内容であることだけは確認できた。
「つけるって、何ッスか?」
俯き、もじもじしているユウナの顔を覗き込む。
そしてそのままの体勢でたっぷり1分は待ったであろうティーダの耳に小さな、小さな声で呟かれたその単語。
「えと・・・・キスマー・・・ク」
「は?」
「いい!いいの!!なんでもないからっ!」
目を真ん丸くしたまま固まってしまった恋人の視線から逃れるように、笑顔で両手をブンブンと振るユウナ。
「き、急にどうかしたッスか?」
突然と言えばあまりに突然なその質問の真意が知りたい。
『つけたくないのか』と問われれば、『つけたい』と即答出来るくらいにユウナが好きだ。
それこそお許しさえ出れば彼女の身体中、いたるところに赤い『所有印』をつけて差し上げたい。
ティーダがそれをあえてしないのには、ティーダなりの事情もあるわけで。
「う・・・。言わないと、ダメ?」
上目遣いにティーダの顔を窺ってくるユウナに笑顔で頷く。
「あの・・・ね?リュックに、その、『ないね』って言われて・・・」
「キスマークが?」
「う・・・うん。それで、ね?『なんで?』って聞いたら、『オトコの人は恋人にそういうコトをしたがるもんだ』って。『愛してたらする!』って力説するから・・・その・・・」
耳まで赤く染め、そこまで言うのがやっとといった感じのユウナを見つめ、ティーダは愛すべき耳年増のアルベドの少女へ内心大きなため息をついた。
力説するほど経験値もないくせに、ことそういった話には妙に精通しているというか、本の読みすぎというか・・・。
素直なユウナは『キスマーク=愛の証』などという間違った方向で勘違いして不安に駆られていたのだろう。
そんなところが可愛らしいといえば、それはもう凄まじく可愛らしいのだけれど。「あのな、ユウナ?」
「は、はい?」
ため息混じりに呼びかけられ、慌てて顔を上げたユウナの顔前にティーダは己の顔をぐい!と近づけ一言一言ゆっくりと言の葉を紡ぎだす。
「オレだってね、そういうことしたいなーって思う時だってあるッスよ?」
「う、うん」
「でもさ、それって男のエゴかな〜って思うし、何よりユウナは物じゃないんだからさ、それならその分言葉で伝えればいいと思うんだ?」
「うん」
「それにユウナはリュックとかパインとかと一緒に行動することだって多いし、着替えたりする必要がある時だってあるだろ?そしたらさ、こう、いろんな所にオレがつけた痕があったら・・・恥ずかしいだろ?」
「あ・・・そっか・・・」
本当は笑ってしまうくらいのやせ我慢。
こんなキレイ事を言ったって、本能ではエゴを押し通したい日だってある。
けれど、今言ったことも本心から出ている想いそのもので、そう思うからこそあえてキスマークはつけなかったのだ。「ご・・・ごめん、ね?」
おずおずと謝ってくるユウナにティーダは悪戯っぽい微笑を投げかけながら、いまだ赤く染まっている愛らしい頬へ唇を寄せる。
「もっとも、ユウナがご所望とあれば別の話なんだけど?」
「本当?!」
熱っぽい囁きへの答えは、ティーダの予想を大きく外し、嬉しげな声となり返ってきた。
「ユウナ?」
驚いて愛しい少女の顔を覗き込んだティーダに、ユウナは はにかみながらも最上級に愛らしい笑顔で『見えないところにして欲しいな』などと言ったのだ。
「まじッスか?」
「・・・だめ?」
「ダ、ダメなわけないんだけど・・・どこがいいッスか?」
リュックほどではないにしろ、露出度の高い服装が多いユウナを思い、さすがのティーダも少々躊躇う。
「あ、えと、皆からは見えなくて、でも、私はすぐに見える所がいいの」
「ユウナがすぐに見えるところ?」
「うん。だって、誰かに見られたら恥ずかしいけど、独りで見たら幸せだと思うから」
無邪気とも言い切れるかもしれない必殺の殺し文句。
これが計算して言っていないというところがユウナの凄いところで、この笑顔と発言に自分がどれだけ我慢しているのか理解してくれているのか甚だ怪しいところだ。「いや、わかってないッス、絶対」
がっくりと項垂れたティーダを今度はユウナが覗き込む。
「ティーダ?」
「・・・了解ッス・・・つーことは、ここしかないんだけど?」
「・・・え?!きゃん!」
項垂れたままのティーダがため息混じりに『にゅう!』と右手を伸ばしたかと思ったその瞬間、鮮やかな手つきでユウナのTシャツとブラをたくし上げ露わになった胸元に唇を寄せたのだ。
「・・ティ・・・っ」
抵抗する間もなく胸元から広がる甘い痛みにユウナは思わず身を竦める。
「・・・ここなら、いいと思うんスけど?」
「・・・え?」
ティーダは悪戯っぽい笑みを満面に浮かべ、たった今唇を離したその場所をぺろりと舐めてみせた。
胸元に咲き綻ぶ赤い蕾のすぐ隣に小さく咲いた赤い薔薇。
そこは誰にも見られない場所で、ユウナだけがすぐに見られる場所そのもので。
「な?」
「うんっ」
嬉しそうな微笑みを浮かべ ティーダに抱きついたユウナの耳に、申し訳なさそうな声が滑り込んできたのはその直後。
「ユウナ?あのさ、その格好で抱きつかれたら、オレ、我慢出来ない、かも」
「・・・あっ!ごめ・・・きゃあん!!」
こうしてユウナの可愛らしい不安は、熱い吐息と甘い囁きに掬い取られてあっという間に吹き飛んでしまったのだった。
fin