それは、いつかはと思っていたことで。

 

 もう離さない 

 

 来るべきものがとうとう来た。

 愛すべきアルベドの少女が鬼の形相で自分へ近づいてくるのを眺めながら、まず最初に思ったのはそんな事。

 出来れば、『その話題』でなければいいのになどという自分のささやかな願いは、目の前に到着し仁王立ちで不敵に微笑む彼女によって完膚なきまでに打ちのめされることとなる。

 

 「ねえ。いつになったら結婚するわけ?!」

 

 ごもっとも。

 回りくどい言い回しが苦手なリュックはいつでも直球勝負でやってくる。
 そのくせ、この『結婚』の話に対しては凄まじく慎重で、スピラへ還ってきて4年・・・ユウナと生活を共にするようになってから、それはそれはやんわりと『いつにするのだ?』とプレッシャーをかけられ続けてきたものだ。

 「まっさか、このままでもいいとか思ってないでしょうねえ!」

 「まさか!それは思ってないッスよ!!」

 堪忍袋の緒が切れた感が否めないリュックの追求は非常に痛いところを突いてくる。

 ビサイドに家を建ててもらい、ユウナと住み、周りからも結婚式はしていないものの『そうだ』と認められて、ぶっちゃけて言えば男として出遅れてしまっていると思うのだ。

 

 

 プロポーズはしたい。

 結婚式だって挙げたい。

 約束の証であるおそろいの指輪だって身に着けたい。

 

 

 リュックに言われるまでもなく、この4年間この身に降り注ぐ幸せを痛感するたびにそう思ってきた。

 けれど、きちんとユウナにケジメをつけるためには自分にも男としての自信というものが欲しかったのも事実で、その為にはまず、置かれている状況下でしっかりとした土台を築き上げたかったのだ。

 自分には自分なりに思うところがあったから。

 でも、そんなことを言ったって、きっとリュックには理解してもらえそうもないし、『くだらない』と一蹴されてしまうだろうけど。

 

 

 もう離れない

 

 

 そう誓い合ってから4年。

 優しい恋人は何も言わずに傍で微笑んでいてくれる。

 心で思うだけでなく、いつも、いつでも言の葉にのせて気持ちを伝え合ってきた。

 離れない

 離さない

 だからこその約束の儀式・・・。

 

 

 「オレにもねえ、それなりに心の準備ってもんがあってですねぇ」

 「それでぇ?」

 事前にリュックに頼まれたものか、パインがユウナを連れ出してくれていることにティーダは密かに感謝しながらしどろもどろの言い訳を床へ落とす。

 「結婚っつーのは、やっぱ、オレがしっかりしないといけないわけで」

 「4年もかかるの?」

 やっぱり厳しいツッコミに思わず苦笑さえして

 「かかりすぎッスね」

 「わかってんじゃん」

 

 

 「大丈夫。ケジメは、つけるつもりッスよ」

 

 

 心配ばかりかけているのであろうアルベドの少女へ、ティーダは普段あまり見せることのない真剣な顔でそう宣言したのだった。

 

 

 

 ティーダの答えに気を良くしたリュックがビサイドを後にしてから3日が経ち、なんら変化のない幸せな日常をゆったりと過ごすユウナに小さな心境の変化が訪れることとなる。

 朝起きて

 共に食事をとり

 練習へと出掛ける恋人を笑顔で送り出す

 そんな、いつも通りの朝のはずだったのだ。

 起き抜けからこっち、食事を取っている最中もティーダが妙にそわそわしているな、とは感じていたけれど、それがまさか『そういう覚悟』をお願いされる日だとは予想だにしないことだったから。

 

 

 『あ〜、あのさ、ユウナ?え〜っと、今更・・・なんだけど・・・その、結婚式・・・しない?オレと』

 

 

 練習へ出掛ける直前、いつもはそのまま笑顔で『行ってきます』と走り出る戸口で、くるりと踵を返したティーダが発したその一言はユウナにとってはあまりに思いがけないものだった。

 本音を言えば『いつかは』とは思っていたものの、今の生活になんら不満があるわけでもなく、このまま2人でこうしていられればそれでいいとさえ思っていたのだ。

 そして目の前に立つ恋人は照れながら黄金の髪を右手でぐしゃぐしゃと掻きまわし、つい、とユウナの目の前に左手の拳をを差し出すとゆっくりと開いて見せた。

 「だめッスか?」

 大きな手のひらの中にはダイヤのついた指輪があって

 「・・・え?えと、これ・・・あの、キミ、今・・・結婚式って・・・・あの・・・」

 指輪の持つ意味と先刻の恋人の言葉がユウナの頭の中をぐるぐると廻り、口をついて出るのは意味不明の言葉ばかりで・・・

 「ユウナの、ダンナサマにして欲しいんスけど・・・だめ?」

 「だっ・・・・ダメなわけないでしょう?!」

 今更なお願いに思わず大きな声で答えてしまったユウナを見て、ティーダは心底安心したような笑顔になり『よかったぁ』などと呟きながら最愛の女(ひと)の右手薬指に婚約の証をゆっくりと嵌めた。

 「ユウナ・・・オレの奥さんだ。すげぇ」

 「・・・もう、キミにはビックリさせられっぱなしだよ」

 形などなくとも、自分はとっくの昔にあなたの物だったというのに・・・。

 ユウナは言外にそう呟いてふわりと微笑むと恋人の首へ両腕をまわし引き寄せる。

 「うわ〜・・・オレ、今日練習行きたくないなあ・・・」

 栗色の髪へ顔を埋めながら情けないことこの上ない声で、なにやら訳のわからないことをごにょごにょと言い続けているティーダが可笑しくて、ユウナは思わず声を立てて笑ってしまった。

 「ワッカさんに怒られちゃうよ?」

 「うあ〜〜〜それもうっとおしい!行ってくるッス・・・」

 「はい、いってらっしゃい」

 少しだけ名残惜しげにこちらを振り返りながら出掛ける姿はいつもと同じ。

 『がんばってね』の想いを込めて小さく振る自分の右手の薬指には今までなかった約束の証が輝いていて、その存在に少しだけ胸がときめいて。

 

 「・・・・奥さん・・・・だって・・・・」

 

 ユウナは自然とこみあげてくる笑みを隠すように両手で口元を覆い くふふ、と笑うと嬉しそうに家の中へ帰っていったのだった。

fin

プロポーズーゥ。(笑)
この後ベベルで結婚式ですねえ。

奥さんの響きに思わずにやけるユウナんが書きたかったんです。すまん。(笑)

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