わがままを言って

 

視線をめぐらせればすぐ其処に愛しい人の姿があるというのは、なんて幸せなのだろう。

思い出だけでいいだなんて詭弁だ。
今はもう、そんな、心にもないことを口に出来るほど大人になれない。

言葉を交わさずとも、体温を直接感じなくとも、ただ、彼が其処に在る幸せを手にしてしまった今、もう過去の自分には戻れないと思う。
あの日々の「ユウナ」は大人だったのか、子供だったのか。
今ではわからないけれど、望んだままの形がここにあって、確かに、そう、確かに自分は今幸せなのだ。

そして、その形はこの身の上のみならず周囲にも及んでいるのだが、今現在おかれている状況に非常に納得できていないらしいリュックの、「つまらない感」丸出しの声が肩越しに聞こえてきた。

「ねえねえ、アイツらさっきから何話してるんだと思う〜?」

マスターお手製のスペシャルドリンクを片手に、両の頬を膨らませたリュックがブリッジの片隅を指差した。
果たして其処には、30分ほど前から通信スフィアに向かってなにやら楽しそうに話し込んでいるティーダがおり、彼の少年と遊びたくてたまらないセルシウスきっての元気印は、大好きな玩具を横取りされて大層不満げだ。
リュック史上最大の遊び相手である彼をスフィアの向こうで拘束しているのは、ジョゼ寺院に住まうアルベドの青年である。
ティーダがスピラへ帰還を果たし、現在の様子をめぐりつつ方々へ紹介して回った以来の付き合いで、こうして突然連絡を寄越してはティーダに発掘の仕事を持ちかけたり、単純に遊びに誘ってきたりする。
話している様子から、今日は単純に「暇つぶし」らしく、「男の子同士」の話が盛り上がっている真っ最中だった。

「ほんと、何の話をしてるんだろうね?」

順番待ちでイライラしているリュックと違い、ユウナはゆったりとした風情だ。
正直、自分達以外の「友達」が彼に出来たことの方が、嬉しいからで、何より、ああして同世代の友と話している彼は、普段自分と居る時の彼とは違っている気もする。
それは決して嫌なものではなく、むしろ好ましくもあり、微笑ましかった。

「あっは!なんだよ、それ!」

床を叩いて大笑いしている彼は、歳相応。

そしてまた、スフィアの向こうで笑っているであろうギップルも、今だけはマキナ派のリーダーではなく、歳相応のただの青年だ。
激動に流されたり、逆らったり、そんな様々な経験をしたきたからこそ、こんな時間が必要だと、そう、思うから。

「ねえねえ!ユウナーん!そろそろ奪還してきなよおー!」

「ユウナが奪還してもすぐにリュックが持っていく気だろう?」

そろそろ我慢も限界といった感じのリュックの頭をパインが小突く。
ユウナはそんな2人の様子に吹き出しそうになりながらも、なにやらブツブツ言い続けている元気印に笑顔で頷いて踵を返した。

「そうだね、もうそろそろ、返してもらってもいいよね」

そんな小さな呟きと共に。

 

『おう!ユウナ様じゃねぇか!久しぶりだなぁ!』

挨拶をするべくティーダの背後から顔を覗かせたユウナに気付いたギップルが、陽気な笑顔で声をかけてくる。

その笑顔がとたんに大人びたことに苦笑しながら小さくお辞儀を返すと、同じ事を感じていたらしいティーダもこみあげてくる笑いを必死にかみ殺している真っ最中だ。

『あ、お前、なに笑ってんだよ。そんでさっきの返事は!』

今にも大笑いしそうなティーダを見咎めたギップルが、バツが悪そうな顔で『返事』を要求していることに気がつき、隣に座る青年へと視線をうつす。

「返事?」

話の内容がまったく見えないユウナが不思議そうに恋人の顔を覗き込むと、ティーダは大きく肩をすくめて『お仕事の依頼だってさ』と答えたのだ。

ギップルからの仕事といえば、大抵『ビーカネル砂漠危険地区発掘』の依頼だ。
ブリッツボール界のスターでありながら、伝説のガードでもあるティーダの存在は大変重宝しているらしく、定期的にギップル直々に『お仕事』の連絡が入る。
ティーダ本人も発掘自体が非常に楽しいらしく、適度に身体を動かせるとあってウキウキと出掛けて行くが、いざ行ってしまうと最低でも1週間は返してもらえないのがユウナにとっては悩みの種で、その一方、カモメ団リーダー的には財政も非常に潤い邪魔者もいないという、まさに『願ったり叶ったり』なお話だ。

「え・・・だけど、この間行ってきたばかりなのに・・・」

つい、抗議の空気を含んだ言葉が漏れてしまい、ユウナは慌てて口元を押さえる。これでは先刻思っていたことと矛盾してるではないか。
しかし、ついこの間、やはり今日と同じく突然スフィアで連絡をしてきたギップルに、大事な大事な恋人を貸してあげたところで、間髪おかずに連れ攫われるというのも納得しきれない部分があるわけで。

「なるべく早く返すから、頼むよ!」

なんて言うのは口ばかりで、ギップルが1週間以内にティーダを返してくれた例などないのだ。
だから、つい、恋人の行動を制限するような事を言ってしまった自分に自己嫌悪しながら、ちらりと隣へ視線を送ると楽しそうに微笑む青い瞳が輝いていた。

「え、と。ティーダ?」

言外に『どうするの?』と尋ねたユウナに、ティーダはしれっと『ユウナに任せるけど?』と言って笑うだけ。

スフィアの向こうで自分を拝むギップルと、くすくすと笑い続けている恋人に挟まれ、困り果てて視線を彷徨わせた先ではリュックが何やら怖い顔で拳をブンブンと振り回しているではないか。
パクパクと動かされている口は、どうやら『断ってしまえ!』と言っているようで、隣に立つパインが凄まじいまでの呆れ顔でその様子を傍観している。

「ユウナが行ってもいいって言うなら、オレは構わないッスよ?」

まさに追い討ち。

いいわけない。

本当は彼のことを誰にも貸したりしたくない。

貸すとか貸さないとか、物みたいだと指摘されても、とにかく、絶対に、それこそ誰にも触らせたくないっていうくらいに、嫌だ。

だけどこんなことワガママじゃないかと、時折思うわけで、でも、手に入れてしまったらどんどんワガママになっていってるのも事実で、頭の中はグルグルと「ああ、でも、でも、ギップルさんのお願いだし」だとか、「お世話もしたけど、お世話にもなったし」であるとか、反面「でも、でも、この間貸してあげたばっかりだもん」などと批判めいた気持ちも膨らむ訳で。

どうしよう?

どうしようっ!

「ユ〜ウナ?」

突然視界に現れた彼の顔はこの上もなく楽しげで

「・・・わかってて、いじわるしてる?」

小さな問いかけに返ってくるのは含み笑い。

「どうして欲しい?」

そんな、一つしか答えが出ないような誘導尋問までして、わかりきっている答えを導き出そうと企んで。

 

「・・・・・・・・・・・・傍に、いて欲しいっす」

少しの逡巡の後、結局彼の歳相応な時間より自分を優先させてしまった一言を。

「つーことだから!今回はナシ!じゃあな!ギップル!!」

問答無用とばかりに通信を打ち切ったティーダは嬉しそうにユウナを抱きしめた。
映像が消える直前の唖然としたギップルの顔を思い出すと、少しだけ申し訳ないなとも思うけれど、耳元から聞こえてくる愛しい人の鼓動にそんな気持ちはアッサリと打ち消されてしまい、現金な自分に苦笑せざるを得ない。

「ユウナはさ、もっと甘えてもいいと思うッスよ?」

『オレだけにはね』と微笑む愛しい人の顔を見上げて、ユウナは小さく頷いてみせた。

 

『傍にいて』

 

言いたくても言えなかった『あの時』。

言えばよかったと後悔した2年間。

でも、『今』は言える。

言わなきゃダメだ。

だって、せっかく『今』があるんだから・・・。

 

そう呟いたユウナには我侭と思える一言も、ティーダにとっては幸せの証なのだ。

fin

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