恋の魔法
「いつからユウナのことを好きだったかって?」
ベッドに腰掛けている愛しい少女からの思いがけない質問に、ティーダはこれ以上はない、というくらいに瞳を真ん丸くして見せた。
飛空挺内のユウナの部屋での出来事だ。彼女にしてみれば、なんだかんだと部屋のいたるところに増えつつあるティーダの私物を整理している背中を見ているうちに、ただなんとなく聞いてみたかったと言うのが本当のところで、とりたてて深い意味はなかったものの目の前の恋人はかなり真剣に考え中だ。「う〜ん。なんでそんなこと聞くッスか?」
困り果て、情けない顔のティーダを見て思わず笑った。
深い意味はなかったのだけれども、そんな顔を見せてくれるならもう少しそのままでいてもらってもいいかな、とも思ったからだ。
それに、なんとなく聞いただけのその質問の答えが、今や彼女の中では『どうしても知りたい』レベルにまで膨れ上がっている。
ユウナはそっと立ち上がってティーダへ近寄ると、悪戯っぽく笑いながら困っているらしい彼の顔を覗き込むと、「言えないッスか?」
と、おどけて言った。
「そんなことないッスよ?」
面白そうなユウナへ、一応憮然とした表情を作って答えたものの、間近で揺れる色違いの瞳にティーダは理性の限界を感じずにはいられない。
それでも思いとどまるのは、本能が『この問題に答えてから』と告げているに他ならないからであって、もしも、今すぐに目の前の愛しい人をベッドへ運び込んで、うやむやのうちにその愛らしい唇を塞いでしまったとして、その後に待っているのはあまり歓迎できるような結末ではないのは明白だ。
自分からの答えを静かに待つユウナを見て、ギップルを思い出して苦笑した。
あのマキナ派の若きリーダーはつい先日、『どうしてそんなにユウナのことが好きか?』
という疑問を解消するためだけにセルシウスを呼び出し、ティーダの部屋まで乗り込んできたのだ。
そのときも、返答にたいそう困った。
困り果てた末に『男同士ならばすぐに理解できる簡単で重要な事実』をひねり出し、その後大騒ぎになったのだ。
しかしティーダ本人は、大騒ぎになったとはいえあながち嘘ではないその現象に我ながら偉いな、などと変に健闘を称えたりもした。今、目の前で静かにティーダの答えを待つユウナは、あの時のギップルそのままのようで、無性に可笑しい。
くつくつと、控えめだけれど笑いを止めようともしないティーダをいぶかしむ様に見上げるユウナへ、うまく伝わりますように・・・と心の中でそっと祈る。「ユウナと、目が合った時からかな・・・」
「目が・・・合った時・・・?」
「そう。もうあの瞬間からガッチリ捕まえられちゃって、大変」
「・・・捕まるって・・・」
「捕まってる。もう逃げられない。ユウナしか、いらない」
そう、本当にただそれだけの事だ。
そんな、大胆極まりない答えに少しだけ頬を赤く染めて俯いてしまったユウナへ、愛しさがこみあげてくる。
『言葉』にしてしまえば、こんなに簡単な事だった。
だけど、どんなに選んで紡いだ言葉でも、きっと足りない。
ユウナと出逢ってからのあの時の気持ちは、ただ単純に『一目ぼれ』で済ませられるようなそんな感情ではないような気もする。
伝える術は『言葉』しかないのだけれど。
言の葉に乗せてしまえば、すべてが嘘になってしまうような・・・そんな気がして・・・・・・・。
「ユウナしか、いらないよ」
もう一度、今度はユウナを抱きしめて宣言した。
もう離れないし、離さない。
この気持ちが呪いだというのなら、一生呪われたままでいい。
2度と触れることは叶わないと、覚悟をして別れたこの温もりを 奇跡の果てにもう一度手に入れることが出来たあの日から、変わることはないであろう、強い決意。
見た目以上に軽いユウナの身体を優しく抱き上げると、彼女を安心させるように優しく微笑んで そう遠くはないベッドへ向かって歩き出す。
恋人の意図をやんわりと感じたユウナは少し慌ててそのたくましい腕の中から逃げようとしたが、無理矢理告白させられたティーダは聞き入れようともしない。
代わりに、壮絶なまでに優しい微笑をユウナへ向けると、有無を言わさずに白いシーツの波へ身を投じていった。
「じゃあさ、ユウナこそいつからオレのこと好きだった?」
まだ少しだけ火照りが残る体にひんやりとしたシーツを巻きつけてうつうつしかけていたユウナへ意地悪な質問をした。
「・・・っえ?いつからって・・・・えっと・・・・・・・」
改めて訊ねられて、思いの他返答に困ることに気がついたものか『なんだか悪いことをしちゃったな』というユウナの表情に、思わず苦笑する。
「結構困るね、それ」
「だろ?困るっつーの」
『いつから』かはハッキリしないけれど、確かなのは『今の気持ち』。
手に入れてしまったこの温もりは、この先なにがあったとしても、もう手放すことは出来ないと強く、強く思う。
「もうどんなことがあっても、ユウナを離さないから・・・・・・」
ティーダは、ゆるゆると眠りに落ちたユウナへもう一度口づけると、そう小さく決意表明をした。
fin