毎日、困っちゃうんだよ?すっごく恥ずかしいんだから・・・。
フレンチトースト
いまだ覚醒しきらない意識の中で、かすかに漂ってくる甘い香りにユウナは口元を綻ばせる。
甘ったるくて、香ばしいこの匂いは、そう・・・・・・・・
「フレンチトースト・・・・」
小さな呟きと共にゆるゆると姿を現したオッドアイに、優しげな笑みを浮かべたティーダが出来たてのフレンチトーストを乗せた皿を掲げて見せている。
「・・・いい匂い・・・・っあ!!」
夢の世界から現実へと引き戻されたユウナは思わず叫ぶと勢い良く起き上がった。
テーブルの上には焼きたてのフレンチトーストとサラダ。
ティーポットにカバーがかけられているところを見ると、ユウナの好きなミルクティーの準備が整っているのだろう。
「おはよ」
固まってしまっている愛しい少女へ、輝かんばかりの笑顔と共にティーダが朝の挨拶をする。
「お・・・はよう・・・・」
やっとのことで紡ぎだされた彼女の挨拶にティーダは小さく笑うと、再び朝食の支度をするべく台所へと向かって行った。
幼い頃に父と母を立て続けに失った目の前の青年は、女性であるユウナが閉口してしまうくらいにそつなく家事をこなしてしまう。
せめて、2人きりでいる時くらいは彼の世話をさせて欲しいと ユウナは心の底から願うのだが、こと朝食に関しては自分が用意できた例がない。
夜更かしの原因の多くは目の前の恋人にあるのだが、ユウナよりも遅く寝ているはずの彼が、彼女よりも早く起きて朝食を準備してくれている現実に、正直なところ落ち込まざるをえない。台所でリンゴの皮を剥いているらしい彼の背中を見つめながら、ユウナは何も身につけていない身体へとシーツを巻きつける。
朝食を用意してもらっているこの状況も情けないことこの上ないのだが、それ以上に困ってしまうことが一つだけあったのだ。
「パジャマなら椅子の上にあるッスよ?」
こちらを見もせずにそう言う声は素晴らしく楽しそうだ。
「う・・・うん」
ユウナは躊躇いがちに返事をして、愛しい人の台所での作業がまだ続きそうなことを確認すると、身体に巻きつけたシーツをしっかりと抱えてそろりと立ち上がり、パジャマへ向けて歩み寄る。
毎朝の事ながら、この『着替えの時間』が一番緊張するのだ。素肌へかけたシーツをそっと床へ落とし、パジャマへと手を伸ばす。
台所へ背を向けて、まさに今着替えようとしているユウナの許へティーダは音もなく近寄ると背後からするり、と抱きしめた。
「きゃあ!」
ティーダは飛び上がらんばかりに吃驚しているユウナの首筋へ軽くキスをすると、愉快そうに笑いながらその華奢な身体を解放する。
「なんでそんなに恥ずかしいッスかねえ?」
「・・・もう!」
笑う恋人にユウナは赤くなった頬を膨らませながらも、急いで手にしたパジャマを身に着けた。
『困ってしまうこと』とは、まさにこれなのだ。寝ぼすけな自分が悪いこととはいえ、ユウナがどんなに努力してもティーダのほうが必ず先に起きてしまう。
何も身に着けずに眠ってしまう為に起きてすぐ衣服を着なくてはならないのだが、その姿を彼に見られることが、もう、どうしようもなく恥ずかしいのだ。手を変え品を変え、ティーダに見られないように それはもう色々な所へ移動して着替えてみたが、そのどの作戦も失敗に終わり、ここ最近ではとうとう諦めて彼のいる部屋で服を身に着けることにしたユウナだったが、なるべくならば着替えているところは見られたくはない。
くすくすと笑い続けているティーダを恨めしげに見つめながら、ユウナはおずおずと食卓の椅子へ座る。
「ユウナがさ、あんまり恥ずかしがるから つい見ちゃうんだよな」
「だって、なんだか凄く恥ずかしいんだもん・・・っ」
「・・・夜にはもっとスゴイコトしてるのに?」
悪戯な響きを含んだその発言に、ユウナは差し出されたミルクティーを取り落としそうになった。
「そっ!それとこれとは違うんだもんっ!」
「はいはい。温かいうちにどうぞ」
「・・・いただきます・・・」
まったく取り合ってくれない意地悪な恋人の作ってくれたフレンチトーストは、彼の囁きのように甘くて『美味しいです』としか言えない自分が少しだけ情けないな、とユウナは心の中でため息をつく。
それでも、食卓の上に並んだ朝食はユウナが好きだと言った物ばかりが並んでいることに、嬉しくなってつい口元が緩んでしまうのだ。
「おいしい?」
「うん。すごく。いつもありがとう」
ご機嫌を伺うように覗き込んでくる青の瞳に、ユウナは素直に大きく頷いてみせ ふわりと微笑んだのだった。
fin
個人的に、着替えてるところって見られるのが恥ずかしいな、と。(笑)