だから、『ダメだよ』って言ったのに!

 

 キスの後遺症。

 

 『怒ってる』

 布団越しに垣間見える彼女が纏わり付かせている空気を簡潔に言うのなら『それ』だ、とティーダは心の中で厳かに呟いた。
 原因は明らかに自分にあることも、重々承知の上だ。
 凄まじく機嫌の悪い彼女に、どうやって取り繕うか・・・倒れてから今まで、そんな事ばかり考えている自分に内心苦笑してしまう。

 

 「見せて?」

 

 笑顔でいながらその瞳はちっとも笑っていない愛しい少女が差し出した右手に、ティーダはおずおずと脇に挟んでいた体温計を乗せる。
 受け取ったそれにチラリと視線を落とした彼女は壮絶とも言えるような笑顔を作って見せた。

 「39度5分。完璧に私の風邪がうつったみたいね!だからあの時ダメだよって言ったのに!」

 「・・・ユウナ?あの・・・もの凄く・・・怒ってる?」

 「怒ってますっ!今日は一日寝てること!!」

 そうなのだ。
 ユウナに何と言われても、自分は謝る事しか出来ないのだ。

 つい3日ほど前に急な発熱で倒れた彼女の看病を、した。
 微弱なスフィア波をキャッチし、現地であるガガゼト到着寸前の出来事だった。
 セルシウスを空っぽには出来ない為 普段は留守番をいているダチやアニキ達は、ユウナの看病で居残ると言い出したティーダに留守を頼み、温泉へと行ってしまった。

 

 自分でも感心するほど、凄まじく、『我慢』していた、と、思う。

 

 発熱で苦しそうにしているユウナに、そんな『不埒』なコトなど出来るはずがない。

 

 ・・・考えなかった、とは言いきれないけれど。

 

 そう、まさに本能と戦っていた自分へ、目を覚ましたユウナが言ったあの一言がいけないのだ。

 

 

 「・・・ユウナが・・・悪いッスよ・・・アレは・・・」

 ぽつり、と呟かれた一言を聞き逃さなかったユウナがぎろりと睨みつける。

 「・・・大人しく寝てます。」

 「よろしい」

 にっこりと笑い大きく頷いて見せたユウナは、マスターに氷をもらうべく そのまま洗面器を抱えて部屋を出て行ってしまった。
 ティーダは閉まった扉をチラリと見て、小さなため息を一つつく。

 

 あの一言。

 

 熱にうかされて朦朧とした意識の中、ふと目を覚ましたユウナが『夢を見た』と教えてくれたあの一言。

 

 

 『あの、ね?その・・・キミと、えっちなこと・・・してる夢・・・』

 

 

 それを聞いた瞬間、もうダメだと諦めた。
 ティーダが必死に己の理性と戦っているなど、きっと夢にも思わないであろう愛しい少女がとんでもないことを言ってのけたのだから。
 熱で潤んだ彼女の瞳に見つめられて、そんな事を言われ、『我慢できました』なんて人間がこの世の中のどこかにいるのならば ぜひお目にかかってみたい。

 そして、『我慢できませんでした』な自分は、本能の赴くままに彼女の身体へと溺れていったのだった。

 

 

 

 その結果が、この『39度5分』。

 

 

 朝から、なんとなく調子が悪いなと思ってはいたけれど、それこそ『風邪をひきました』なんて報告した日には、あの日の自分の行動に負い目がある分どうなるか想像にかたくない。
 身体だってブリッツで十二分に鍛えてあるのだ。少々の熱くらい何てことないだろうと高をくくっていたティーダがぶっ倒れたのが朝食の後のこと。
 慌てて駆け寄ったユウナに発熱していることがバレて、今に至っている。

 しかし、当のユウナはティーダにそんな『魅惑的な発言』をしたことなど、それこそ熱のために憶えていない。

 『されたこと』だけはしっかりと憶えている彼女にこっぴどく怒られ、何も言い返すことの出来ないティーダは大人しくベッドで寝ていなくてはならなくなった。

 「あつ・・・。マジでしんどい、かな?」

 額に手を当ててため息をついたティーダは、ゆるゆると意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 ・・・雨の日は、キライだ。

 

 ・・・だって、外で遊べないから。

 

 ・・・うるさいな!別にオヤジのことなんて思い出してねぇよ!

 

 ・・・ブリッツ・・・やってやる・・・いつか、アイツなんか・・・。

 

 ・・・なあ、アンタ何者?

 

 ・・・母さん・・・。

 

 

 

 

 「きゃっ・・・」

 「・・・っ?!」

 小さな悲鳴にティーダは意識を取り戻すと、目の前にはタオルを手にしたユウナが心配そうにこちらを覗きこんでいた。
 額に乗せていたタオルを交換しようとしたその瞬間、突然ティーダに腕を掴まれたのだ。

 「ごめんね?起こしちゃった・・・」

 申し訳なさそうにしているユウナへティーダは微かに微笑むと、ゆるゆると首を横に振る。

 「夢、見てた」

 「夢?」

 「なんか、ゴチャゴチャ。オレ、小さかったり・・・でかくなってたり」

 熱で喉の奥がヒリヒリしていて、思うように声が出ないのがもどかしい。
 ベッド脇に椅子を持ち込み腰掛けているユウナは ティーダの小さな呟きを優しげな瞳で見守り、彼の次の言葉を静かに待つ。

 「・・・アーロンが、居たかな・・・?」

 「アーロンさん?」

 「うん・・・なんか、いっつも反発してたッス・・・それで・・・かあさ・・・が・・・」

 「・・・ティーダ?」

 ぽつり、ぽつりと呟かれていた声がだんだん小さなものになり、気がつけば再び眠ってしまった愛しい人の『あどけない』とも思える寝顔に自然、ユウナの口元が微かに綻んだ。
 額にかかる黄金の髪を愛しげにそっと撫で、冷たいタオルを乗せる。

 「キミが元気になるまで、ここに居るからね?大丈夫よ?」

 慈愛に満ちた色違いの瞳は一心に彼女の太陽へと注がれ、言の葉は彼を優しく包み込む。
 ユウナは熱の為に普段よりも熱い大きな手を両手で包み込むように持ち上げ、頬へ寄せると小さなため息を一つつき、今は閉じられている青の瞳へ視線を落とした。

 

 

 「もう。ダメって言った時は大人しくしてね?」

 

 

 小さな子供に諭すように呟いたユウナは、その次の瞬間悪戯っぽい微笑を湛えて意識のないティーダの唇へキスをすると、『この間のお返しだよ』と言って楽しそうに笑ったのだった。

fin

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