『あんな場面』さえ見なければ、『こんな事』を考えもしなかったはずだ、と心の中でそっとする自己弁護。
けれど、それはあくまで『きっかけ』の一つにすぎないことも、頭の片隅では解っているけれど『女』であるもう一人の自分が見て見ぬフリをしろと言っている。
何もかもを手に入れたいと、そう願ってしまう我儘な自分を諌めるように甘い甘いカクテルを飲んでみた。
そう、すべてが欲しい―――『今』だけでなく、『彼の過去』まで・・・。
ラブ ジャンキー
「ユウナん、見てたよアレ」
心身ともに疲れきってやっと到着したホテル自室前で自分の帰りを『待ち構えていた』アルベドの少女のその一言で、さらに気分が悪くなる。
先刻吐き出された彼女の一言は今の自分にとってはまさに『死刑宣告』に値するかもしれないほどの絶大な威力をもってして、ぐだぐだの精神を完膚なきまでに打ちのめしてくださった。「・・・怒って、た?」
多分、今このドアの前で仁王立ちしているリュックの方が『怒っている』であろう事実には目を背けつつ、室内にて恋人の帰りを待っている『彼女』の様子を伺った。
「怒ってたっていうより落ち込んでた」
完結明瞭に伝えられたその様に小さなため息を一つ落とす。
ユウナも見ていた『アレ』。
リーグ戦が終わり、今期からビサイド・オーラカのエースとして大活躍を遂げたティーダが満場一致でMVPの座に輝いた。
加え、オーラカが3年ぶりに優勝杯を取り戻したことで、お祭りムードに拍車がかかったのも事実。
つい先ほどまで表彰式とそれに伴う式典が執り行われており、スフィアプール近辺はそれはもう大勢の人で賑わっていた。その、表彰式。
MVPの証であるメダルを手にした『ミスなんとか』だとかいう女性が、ティーダの首へそれをかけた瞬間、彼の身体を引き寄せ唇に自分のそれを重ねたのだ。
驚いた。
ザナルカンドで住んでいた頃には当たり前だった『それ』も、スピラの、しかもユウナと共に過ごすようになってからは考えもしなかったその行為。
よくよく考えてみれば、『祝福のキス』など在り得ることだろうと想定できそうなものだったが、久しぶりのブリッツボール、ずしりと重い優勝杯、そしてその後に待っているであろうユウナの笑顔にボサっとしていたと言ってしまえば、それまでの話。問題は、自分の勇士を見ようと会場に来てくれていたユウナが、その現場をバッチリ見てしまった事にある。
一分、一秒でも早く、ユウナの元へ帰りたかった。
それでもエースである以上、初の式典に参加しないわけにもいかずうろたえているところへ助け舟を出したのが、今目の前で冷ややかな視線で自分を射抜くリュックだった。
「ばーか」
「・・・まったくもって、リュック先生の言うとおり」
「出来る限りはフォローしておいたけどっ!もう知らないからね!」
「・・・すんません。恩に着る」
しっかりと今回の報酬に『ビックパフェ』を注文したアルベドの少女は、それでも収まり切らないのかティーダの頭をこつんと叩くと自室へ戻るべく颯爽と姿を消した。
残されるは我が身のみ。
ドアの向こうには、怒っているか、傷ついているか、とにかく、ご機嫌は芳しくはないだろう愛しい人。
「・・・と、とにかく、謝るしかないッス」
意を決してキーを挿し、ドアノブへ手をかける。
勢いよく飛び込んだその先にあったのは、意外にも優しい笑顔のユウナの姿だった・・・。
「おかえり。早かったんだね」
思いのほかすんなりと出た言の葉に少しだけ棘があっただろうか、と心の中で逡巡した。
もしかしたら、可愛げがなかったかもしれない。
でも、これが今の自分の精一杯の笑顔であるのは間違いなくて、部屋に入るなり固まってしまっているティーダに少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「あ、あのさ、ユウナ?」
我に返ったのか、慌てた様子で何かを言いかける恋人を笑顔で黙らせ、右手に持ったコインを掲げてみせる。
「・・・へ?コイン・・・?」
「そう。スフィアブレイク、しよ?」
突然の申し出にその勝負の意味をまったく理解できていない恋人は、いまだ部屋の入り口で立ち尽くしたままだ。
ユウナは悠然とした足取りでベッドへ歩み寄りその上へ腰掛けると、自分の隣をポンポンと叩き『座って?』と促した。
『有無を言わさぬ』とはこういうことか、と心の中で思う。
口数の多さならば他の誰にも引けをとらない恋人は、先刻から何も言わず、ただユウナに言われるがままに指定された場所へその身を収めた。
「勝負ね?」
まるで歌うように言の葉を紡ぐユウナの身体から微かにアルコールの匂いがして、ティーダが思わず『酔ってる?』と尋ねたらアッサリと笑顔で『酔ってる』と答えられて閉口せざるをえなかった。
「・・・勝負って・・・えと、負けたら、どうなるんスか?」
おずおずと尋ねられたそれにユウナは笑顔のみを返し、手早くゲームの準備を済ませると小さな声で『開始』と呟く。
一度ゲームが始まってしまえば、後はもう必死。
対するユウナはスフィアブレイクの大会で優勝した経験があるツワモノだ。
一体この勝負に『何が』賭けられているのか考えも及ばないけれど、これはもう全力で戦うしか方法がない。
必死なティーダをよそに、酔っているはずのユウナは終始笑顔でゲームを楽しみ、あっけなく彼女が勝利を納めたというお粗末な結果を生んだ。「あー!もう!ユウナ強すぎ!!」
先刻までの緊張を忘れ、大きなため息をつきながらベッドの上に倒れこんだ恋人の上にユウナがゆっくりと圧し掛かる。
「ユ・・・ウナ?」
「負けたキミには罰として私の質問に答えてもらいます」
寄せられた顔はいつものユウナの顔と変わらないのに、その圧倒的なまでの迫力に思わず『ハイ』と答えてしまう。
ティーダに馬乗りになったユウナは彼の両手首を押さえつけるように拘束し身体の自由を奪うと、一瞬だけ躊躇いの表情を見せた後消え入りそうな声で問いかけた。
「・・・キミの、『初めて』って、何歳の時・・・?」
「は・・・初めてって・・・あの、ユウナ?」
一瞬真っ白になった思考回路がめまぐるしく稼動しだすのを感じつつ、やっとの思いでそれだけを吐き出したティーダの耳に聞こえたのは、やけにゆっくりとした口調で『初めて‘した’時の話』と言い放つユウナの小さな声だった。
「答えて?」
「んなっ?ユウナ、今日どれくらい飲ん・・・・っ!」
質問以外の言葉は要らないから。
まるでそう言っているかのような口づけを落として。
ティーダの手首を掴んだままの手に力がこもるのがわかる。今日、『ここ』に、自分以外の女の人が触れた。
一瞬で、破裂してしまうかと思うくらいに、激情が身体中を駆け巡った。
『ブリッツボールをしているときの彼は皆のものだから』などと偉そうに言っていた自分が滑稽だとさえ思うくらいに嫉妬した。
けれど
『それ』以上に気持ちを掻き乱したのは――――ティーダ。
唇を塞がれて驚いていたのは彼も同じだったはずなのに、抱きついてきた女の人の身体を引き剥がしたあの一連の動作を見て、今まで見ないふりをしてきた『あの気持ち』に火がついてしまったのだ。
あの女(ひと)の肩にゆっくりと手を沿え
強引にでもなく
笑顔で細い身体を引き剥がす
それは紛れもなく『女の人の扱いに慣れた人』の動作そのもの。
初めて肌を重ねたあの日に心のどこかで解ってしまった『彼の初めては『自分』ではない』という事実。
「ね?いつ?」
気を抜けば今にも涙が溢れてきそうなのを必死に堪えながら。
それでも心の中は後悔でいっぱい。
バカだと思う。
キミの過去に嫉妬するなんて。
だって、過去なんて関係ない。『今』のキミは私だけのものだってわかってるのに・・・。
「・・・・・・・・・・・・14」
諦めて、苦笑まじりに呟かれたその答えに、やっぱり酷く後悔して。
「今日はごめんな、ユウナ?」
自分に組み敷かれたままの姿でティーダが謝る。
謝るのは、自分だ。
過去のことを聞き出して、一体どうするつもりだったのだろう?
怒ってもいいのに、それでも謝ってくれるティーダの声が優しくて、涙腺が決壊した。
「・・・違うの、あの、私が勝手にやきもち焼いたの・・・」
「わかってるッス」
力を込めすぎて白くなってしまった手をゆっくりと開く。
「違うの違うの。勝手なの・・・凄く、嫌な子なの・・・私・・・っ」
「ユウナ?」
やっと解放された手で優しく髪を梳かれて更に涙が溢れてくる。
「キミの・・・っ」
「オレの?」
「キミの『初めて』が、私だったら良かったのにって、ずっと思・・・っ」
言い切る前に塞がれた唇が温かくて
ねぇ?わがままなの。
無理だって事くらい、わかっているはずなのに。
それでも、彼の傍に居たいとわがままにも思う自分がいるの。
今も、未来もずっと。
そして、傲慢にも『過去』でさえもと・・・。
「ユウナにあげるよ、全部。・・・それじゃ、だめッスか?」
涙を拭うために寄せられた日向の匂いがする手を両手で包んで、ゆるゆると首を横に振る。
嬉しい。
幸せだけど、今日、胸に突き刺さった棘は抜けてない。
「今日、は、動かないで・・・?」
それだけ言うと、ユウナは握り締めていたティーダの手に唇を寄せた―――。
fin
愛の巣箱さん6万打記念に、と無理矢理押し付けていたシリーズです。(笑)
終わり方が中途半端なのは当時ウラも書いていたからなんですねぇ。笑って誤魔化します、様々なものを!(笑)