バラ色の日々に
ビサイドの浜辺で奇跡の復活劇を成し遂げてから3ヵ月が経とうとしていた。
記憶に新しいあの日々は、もう2年以上も前の話だと教えられて愕然としたものだ。
空の青も、穏やかな波も、何もかもが「あの頃」のままだというのに、周囲にとっては「遠い日」で、懐かしむように声をかけられることへ若干の違和感もあるのが正直なところだった。
ただ、あの日々が過去のものだと知らしめてくれるに至ったのは、かなり衝撃的な変貌を遂げた最愛の人の姿。
彼女が紆余曲折を経てああなった訳は、年頃の女性に成りつつあるというのに、記憶の中とさほど変わらない元気印が嫌というほど、それはもう嫌味もふんだんに織り交ぜて説明してくれたから、腹八分目を通り越して胸焼けを起こしている。
うんざり顔を押し込めて、ただひたすらに謝り続ける自分の横で、それは愉快そうに笑って見せたユウナの顔はいまだに忘れられない。
そんな彼女の元へ届いた一通の手紙が、今の状況を巻き起こしているなんて、旅の途中の彼女は想像できただろうか?
ユウナへ届いた謎の手紙は彼女を旅へ召喚するもので、出かけることを躊躇う背中をそっと押したまでは良かったのだ。
留守番組の自分にもこなす事は山積みしていたはずだし、もしも何もすることがなかったとしてもオーラカのメンバーとブリッツの練習に汗する毎日が始まるだけだ。
ルールーの子供であるイナミは無条件に可愛らしいし、快く迎え入れてくれた村の人たちへの恩返し方々、寺院の整備だってやるつもりだったというのに。
「お前、せっかくだからどっか行ってこい」
という、ワッカの無茶振り甚だしい一言でビサイドを追い出される羽目に至ったのだ。
これを想定範囲内のことだと一笑されたら、膨らみかけた夢も希望もあったものじゃない。
右も左もわからないというわけではないものの、頼みの綱のアニキにすら飛空艇搭乗を断られ、ジョゼ街道付近で放り出された挙句、所持金も乏しく非常に面白くないこの展開に手を差し伸べてきたのが、伝説のガードに興味津々のギップルだった。
スピラに還ってくるなり紹介された3人の男のうちの1人で、他の2人と違い年齢も近くさばけたその性格に少なからずとも好感を持っていただけに、体力と腕っ節がとにかく必要な仕事だと聞いただけでついて行って、そして砂漠のど真ん中に捨て置かれたのだ。
「……いや、ぜっっっっったいにっ想像なんてっ出来てないッス、ねっ!」
熱風と砂埃と汗と魔物にまみれて、絶賛労働中のティーダが思いを振り切るように愛用のフラタニティを振り回した。
「無駄口叩いてっと、熱砂にやられてぶっ倒れる……っぜ!」
容赦なく照りつける太陽に半ば喧嘩腰なティーダが、それこそヤケクソ気味に砂漠の魔物を叩き切る様を見て、生来の負けず嫌いが発動中のマキナ派の若きリーダーが同じく魔物を撃ち落す。
体力自慢の猛者であっても、5分以上は活動出来ないと言われるほどの熱砂の砂漠で、もう半月近くも、唯一見た目だけ涼しげな刀を振り回してはマキナの部品を発掘するティーダの姿に、様子を見に来ただけのつもりが思わず参戦してしまったのだ。
「まったく、伝説のガードってのはこれくらい働くもんかねぇ」
呆れて思わず呟いたギップルの通信スフィアへ、ビサイドから連絡が入ったのは働きすぎた伝説のガードが視界の端でぶっ倒れたその時だった。
「……で?」
「ああ、もういいから帰って来いってよ」
灼熱の砂漠から一転、気がつけばひんやりとした空気が漂うジョゼ寺院の一室だった。
ヤケクソ気味のオーバーワークが祟って砂漠のど真ん中で倒れたティーダは、ギップルに抱えられてそのままジョゼ寺院へ運ばれていた。
ぼんやり覚えているのは別れ際のナーダラのこの上もなく残念そうな顔だけだ。ギップルに背負われた背中へ向けて「コレに懲りずに何度でも来て頂戴」などと言われたっけ、とぼんやり思い返して、いいやそうじゃないぞ、を経ての「で?」なのだ。
「帰って来いってことはユウナもいるって事ッスか?」
「そうらしいぜ、今セルシウスがこっちに向かってるって話だ」
伝え際に手渡された冷たいグラスに口をつけると、疲れた身体に染み渡るような甘い液体が喉を通っていく。その甘さにユウナの顔が思い出されて、瞬間身体が熱くなった。
「うあー、早く会いたいなあっ」
あまり広いとは言えない部屋の上に、所狭しとマキナが転がるギップルの自室でゴロゴロと転がるティーダへ、半ば呆れ顔の部屋の主は小さなため息を一つつくと、恋に溺れて息継ぎもままならない魚とはこういうものか、と小さく笑ったのだった。
「そんじゃ、お世話になりました」
先刻まで熱と戦っていたとは思えぬ回復力を見せた青年は、実にすがすがしい笑顔で礼を一つよこすと、セルシウスから今まさに降りてこんとする愛しい少女へ向けて踵を返す。
ハッチが降り、細身のシルエットが見えるやいなや、大きなストライドで彼女へ飛んでいく様を見て「犬のようだ」と表現したのはギップルもよく知る美貌の剣士だ。
言いえて妙とは、まさにこのことである。
「ユウナ! おかえりっ!」
「ただいまっ!」
かくして再会を果たした恋人達は、頬を寄せ合って何やら囁きあい、そして笑った。
その様子を横目に見ながら、ゆっくりとギップルへ近づいてきたのは幼馴染でもあるリュックで、
「あーあー、もう、のろけでお腹イッパイ! ちゃっちゃとビサイドに置いてこなくちゃ」
などと、さも辟易しております、という仕種を作るくせに、あの2人の幸せそうな光景に口元が緩んでいるのだ。
「ところでビサイドの方はどうなってんだよ」
「うん? もちろんカンペキ」
ワッカの無茶振りもアルベド団の密談も、ユウナがいればそれだけでどうでも良くなってしまうティーダには予測すべきこともなく、そして、ビサイドへ向けて出発したのだった。